『うたごえ』
あおい満月
プラットホームの蛍光灯を
なぞりながら
おりてくる
ぬくもりをもった
夜の闇。
夜の市ヶ谷駅の
下には釣り堀があって
人々はうなだれながら
みたこともない
翼の生えた蛇を探している
翼のはえた蛇は
この水底のぬしで
今も深い水の底で
赤い爪の女を待っている
女は唇を切り裂いて
その血で爪を染めた
髪の黒く長い女。
*
のびきれない
前髪が邪魔だ。
夜のコンビニの
壁に凭れて
メンチカツとカフェオレを貪りながら
脂と糖分で腫らした
胸を抱えて
代々木駅のホームから
下り総武線に乗り込むと
数十秒で市ヶ谷駅の
あの釣り堀が見える
女がひとり立っている
顔は見えない
ただ、爪だけが
燃えているかのように
光っている
**
今まで
きいたことない
美しいうたごえ
にみちびかれて
朝、目をさました。
声のする方へ
太陽の光さす
水面へと昇っていく
風に凪ぐ髪が見える
夜は黒いのに
朝は透き通る湖色をしている
赤い爪は生まれたての
桃色になっていて
手をふっている。
(迎えにきてくれた)
彼はそう思って
水面からからだをだし岸に上る
おんなの爪に
舌が触れた瞬間
蛇は、
黒い月の色を持つ
瞳の男になる。