八月の記憶
イナエ

青い陶器瓦の下に埋もれた
記憶を掘り出してどうなるというのだ

焼け落ちた家の跡の
現実と幻想の交叉した風景の中に
私が立っていたあの日
陽光に照らし出された井戸の
湧き出る水に沈んでいた小振りな茶碗
日の丸と旭日旗の交叉したそれは
割れることもなく 洗う人を待っていた

その日
君の疎開する予定だった山に囲まれた村の
夏陽の照りつける終着駅のプラットホームで
君の祖母は着いた電車の
空になった車両を覗き込んでいたと聞く

私の中に存在する君は
暗い陽光と君の祖母の話と共に
記憶に閉じこめられて もう帰ってはこない

だが この辻に立つとき
陶器瓦の家の下から幻想が浸みだし
水底に揺れていた茶碗の記憶が拡がる

  石屋があった 風呂屋があった
  乱雑に重なった御影石の塹壕
  人気のない風呂屋の脱衣場
  壁には空を睨む少年飛行兵
  挙手の礼する番台の君と僕
  隼戦闘機と艦載機が交錯し
  B29が炎に包まれるノート

もう一度見上げた陶器瓦の上に
煙を吐き出す窓が現れ 御影石に炎が降る 
少年兵は脱衣場の壁から飛び立つことなく
君の笑顔に重なり 挙手の礼をして
炎の中へ消えていく

記憶から吹き出す風は
夏の日に焼けた私の中を冷たく渦巻き 
歯ぎしりを残していく

            「それでも」改題 


自由詩 八月の記憶 Copyright イナエ 2014-08-02 08:54:31
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