蝉時雨
nonya
蝉時雨が
それほど新しくない記憶を
影縫いするものだから
そのまま置き去りにもできず
立ち止まる
吹き出す汗
ハンカチを忘れたことに気づく
いつもそうだった
肝心な時に何かが欠けているから
想い出がみんな傷痕になってしまう
遠ざかる淡い背中
はしゃぎ過ぎるノウゼンカズラ
押し黙るクロアゲハ
急に想い出した
言わなければいけなかった言葉に
火傷しそうになる
すうっと風が渡って
一瞬 蝉時雨が止む
濃密な結界が解けたように
そろそろ歩き出す
手の甲で拭うものは何?
拭い切れないものは何?
誰も裁いてくれない過ちを
全身にまといつかせたまま
雑踏に逃げ込もうとする背中に
容赦なく突き刺さる
ふたたびの蝉時雨