こだわり
ただのみきや
掛け軸の中に残された想い
夜が十分に闇であった頃
月の柔肌に立ち昇る香の煙より
しろくあわく
現世を離れた囁きを運ぶ
ぬるい風を孕んだ柳のように
しなやかにたおやかに
像なき 悲しみ 無念を
目を瞑った子供の手の
無垢な たどたどしさで
だがやがて見ているかのよう
薄墨の絵筆が
すうーっ と なぞり
渦巻く怨念の中からそこはかとなく匂い立つ
死して尚 燐光の如く灯る情愛を
色なき色で描き上げた
*****
数百年の時を経て
絵師に似た酔狂者ひとり
掛け軸の前 溜息も深く
( 夜な夜な 化けて出てくれたらなぁ…… )
「……シテヤッタリ 」
聞こえていたなら きっと
だが絵師は時間の向こう側 知る術もなく
今宵も煙管をプカリ 飽きもしないで墓歩き
掛け軸の幽霊だけが
こころなしか 一瞬 微笑んで――
夜道の白椿に化かされたかのように
《こだわり:2014年7月21日》