北に向かって高い 炎天下の坂道を 登り続けると
頂は、遠くからは見えていたはずなのに近くに来ると てんで見えない。
とほうもない時間を歩いたはずだよ ほら もう頂が見える‥‥きがした。
五時を告げるスピーカーが、くらくなろうとする こどもに早く還るように
言っている。
眼下に見える棚田の稲は まだ早苗、水に夕日が反照し 風が吹くたびに
稲がそよいで、谷の田の総てで一匹の生き物の鱗のよう 山にかかる赤い
夕陽は 竜の珠のよう。私は たった今 ここは 竜の住む場所と たった今
名付けた。
棚田全体も うねっているが、道も又 うねっている 徐々に登るほどに
袈裟がけに差し込む日の光が 坂のノリ面一面を照らし 花を見つけた。
あたりが暗くなるほどに その花は 暗さに反して明るく灯る
かなたに見える灯りも 近くに行けば その花は時計の形をしている。
この花は、時計草だ。
本物の時計なら 時針分針秒針がある。この花のシベは三又に分かれている。
本物の時計なら 時間をキメルのは竜頭だが、この花の時間をキメルのは?
あたりは日が暮れかかっているというのに、この花は どれも三時前を示している。
三時を目指す こどもたちが 後ろから駆けてきて 私を追い越す。
追い越した こどもたちは なぜか 追い越したとたんに みんな透き通って
消えてゆく。
そうだ。やっぱり 不思議に明るく咲くこの花の この場所は、竜の場所だ。
あれは夕日じゃない。竜の珠だ。
風が びゆうびゅう と 鳴くと、時計草の葉が掌のように揺れる
なにと別れて ここまで来たのか だれのことを忘れたのか
私は すっかり忘れてしまった 手の平のような形をした無数の葉たちは
それらを ぜんぶきっと覚えていて 私の代わりに さようなら さようならと
泣いている。
もう ずいぶん だれとも会ってない。
もう ずいぶん 歩いてきた。
きがつくと たったひとりで 道を歩いている。
目標がなしに歩くには歩きすぎた
わたしは 忘れてしまった大切なことのすべてを 今日から竜と呼ぶ
振り返ると、歩いてきた道は 一本のまっすぐな道だったはずなのに
道自体が 時計草の蔓のように絡まりあっている
もう戻れない と思っていた途端に、光る時計草の花々が
僕の脈動に合わせて光っているよ
こどもたちが 後ろから駆けてきて 私を追い越す
追い越した こどもたちは 僕を追い越したとたんに みんな透き通って消えてゆく
なぜ みんな いなくなる なぜだろうなんて
もう考えないよ。僕は今、時計草の道の一番 先端さ
へい ドラゴン、時を飛べ! さらに駆け上り 時を遊ぼう
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現代詩フォーラムに投稿をされている 羽根さんの作品【小さな時計】から
発想いたしました。