マッチと煉瓦とお伽噺
智鶴

『私の掌ではどうやら
弱弱しい明りを灯すのが精一杯で
家々の間をすり抜ける風に
ぼんやり浮かんだ姿も歪んでしまいそうです
辺りは賑やかで真っ暗で
まるで
幸せなお伽噺の途中みたいです』

昨夜の嵐は酷く哀しくて
読み聞かせたお伽噺も途切れながら
潤った明日を夢に見る
いつでも歌声だけは美しくて
煉瓦色の壁も蝋燭も懐かしいと
嘯くことで漸く貴方を思い出せた

朱い喜びの街には
白い冷たさが眩しすぎて
目が眩むほどのコントラストは
見捨てられた、例えば私のような悲哀を
都合良く隠すには丁度よかった

煉瓦の湿気た感触を頬に寄せて
誰かがくれた赤いマフラーで口を隠して
震え出した指先を
温めることも叶わないまま
いつの間にかこんなにも大人になった
肌を裂くような冷たさの中
何度も繰り返し、貴方を映しては
何度も忘れながら

弱く灯した丸い明るさも
捨てて、忘れて、消えてしまう
例え手を離しても
いつまでも其処に有るつもりで
見失う、まるで幸せのように

消しては映し出した貴方の温もりも
やがて薄れてしまうから
せめて手を触れさせて
きっと貴方もこの炎が消えたら
忘れてしまう
そのことすらも忘れてしまう

緩やかに眠りにつくことも
満たされた暖かい微笑みも
何処か冷たさに委ねて諦めている
だから目を合わせずに
お互い、未だ幸せなふりをして
忘れていく
全て、夢だったように

『それも全て嘘、眠る前の
途切れ途切れのお伽噺
思い出せないだけの事

朝焼けの白い街には
赤いマフラーは目立ち過ぎるので
人目に付かない路地裏で
燃えさしのマッチを握りしめて
ゆっくりと
貴方を思い出している処です』


自由詩 マッチと煉瓦とお伽噺 Copyright 智鶴 2014-07-19 23:31:32
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