現場のへその緒(3)
Giton
3 地図上の思考実験
岡澤氏の本との出会いは、私が長いあいだ切望していた僥倖でした。子どものころ、アンリ・ファーブルの『昆虫記』の最初に、あるとき、ファーブルは高名な学者の本を読んで刺激され、自分でも昆虫の観察──当時はまだ学問とは思われていませんでした──を始めたといういきさつが書いてあるのを読んで、自分もいつかは、こんな本とのめぐり逢いをしてみたいと、思ったものでした。
しかし、岡澤氏は、長詩「小岩井農場」のすべての部分に説明をつけているわけではありませんでした。説明なく飛ばしている部分はたくさんあり、そうした部分は、現地に行けば当然にわかることで、現地をしばしば訪れている人には自明のことなので、あえて書かないのだと思いました。
そこで、岡澤氏の本で解決しない問題は、自分で現地へ行って確かめるほかはないと思うようになりました。
しかし、そうは言っても、私の住んでいるところから岩手県の小岩井までは遠いです。新幹線で日帰りできないことはありませんが、数時間の滞在では、かかえている山のような問題点を解決する糸口すら、つかめないでしょう。
そこで、まず現在の2万5000分の1地形図に、“賢治の足跡”を振ってみることにしました。
大正時代の陸地測量部地図も、国会図書館に行けばかんたんに見ることができますが、それは5万分の1で荒く、また、一定期間ごとに測量を何度も繰り返した後の現在の地図のほうが正確になっていると思いました。
地形図(現在は国土地理院)というものは、三角点測量に直接かかわる標高や、水準点距離・方角は非常に正確ですが、それ以外の細かい地形や地種(針葉・広葉樹林、畑、水田、建物など)は、あまり正確でない場合があるのです。
100年たてば、現地は大きく変ってしまっているでしょうし、それに応じて地形図も変っているでしょう。しかし、昔からある道と新しくできた道は、一枚の地形図上でもある程度は見分けられますし、ある景観が数十年後にはどのように変るか、といったことも、日ごろ地図に親しんでいれば、一定程度分かるものです。
しかし、岡澤氏の本を見ながら、「小岩井農場」の詩行を、「パート一」の最初から地図に振ってゆくと、どうしても腑に落ちない問題が、つぎつぎに現れてきました:
たとえば、詩行ではほんの数行なのに、地図では相当の距離を跳んでいることになる。──逆に、詩行は100行を越えているのに、地図上ではほとんど動いていない場合もある。
↑そんなことは当たり前じゃないか!‥歩く速度で、何歩ごとに1行とか、一定の速さで詩が書かれるわけがないだろう?!‥とおっしゃるかもしれませんw‥しかし、私には、これがどうしても気になりました。
そして、今回現地踏査した結果、相当の距離を跳んでいると思われた箇所は、私の地図上へのプロットが誤っていたことが、わかりました。ほんとうは、次のポイントは、すぐ近くにあったのです。
そして、位置関係を正確に直してみると、‥意外というべきか、当然と言うべきか、賢治の詩行の数は、かなり正確に歩行距離に対応しているのでした。
これは驚異的なことですw
‥ちょっと先へ行き過ぎましたので、地形図に“足跡”を振っていたころに話を戻します。
「いま向ふの並樹をくらつと青く走つて行つたのは
(騎手はわらひ)赤銅の人馬の徽章だ」
「パート三」末尾のこの部分は、岡澤氏の本には説明が無かったので、
そもそも詩的イメージ以前の事実の問題としても、なかなか分かりませんでした。
「騎手」の乗った馬が走って行くのを見たのだと思われますが、いったいどこの馬なのか?‥百姓が馬を引いて歩いているのとは違うようですし、単なる乗馬でもありません。まるで競走馬のようです。
小岩井農場の近く‥‥旧・滝澤村のほうには騎兵連隊の駐屯地がありましたから、騎兵が、このへんまでときどき来ていたのだろうか‥などと考えて、連隊の「徽章」に関係する資料を漁ったりしていました。
しかし、もっと分からないのは、‥馬トロのラッパや鷹やカラマツ、騎兵(?)、こうした実景から
「ここが一ぺんにスヰツツルになる」
というのは、あまりに大げさで、“スイスになった”という作者の幻想を納得させるだけの材料が、示されていないのではないか?‥つまり、“詩”としては失敗なのではないか?‥ということでした。
いやいや‥それどころか、作者の【下書稿】では、
「馬車の笛がきこえる、
石版画を持って来る。
それから私のこゝろもちはしづかだし
どうだらうこゝこそ天上ではなからうか
こゝが天上ではない証拠はない
天上の証拠はたくさんあるのだ」
という・印刷までに削除された部分があって、この後に、「鷹」「からまつ」「人馬」が続きます。
つまり、【下書稿】では、作者は、スイスどころか「天上」を歩んでいるのです!
「天上の証拠」としては、どれもこれも立証不十分、失敗といわざるを得ないでしょう‥
失敗なら失敗だと結論すればよい。読者としては、それだけのことです。
そこを無理して、“宮沢賢治だから失敗するはずがない”“聖人なんだから無謬だ”などと考える必要はさらさらない──というのが私のスタンスです。
しかし、それにしても、じっさいに作者賢治には、どんな実景が見えていたのか?‥見えていなかったのか?‥そこの事実問題が解決しない以上、“スイスになる”──あるいは「こゝこそ天上」──は大げさか、そうでないか、失敗か、そうでないか、などと言っても、しょせんは足もとを欠いた空虚な議論にすぎないように、思われました。
これは、ぜひとも自分の脚で現地を踏んでみなければならない──そう思ったのでした。。
((4)に続きます)
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宮沢賢治詩の分析と鑑賞