山小屋の夜
蒲生万寿

山小屋の夜は何もすることがない
六時にたらふく晩飯を食ってしまえば
後は二時間ほど酒を飲み
談笑するくらいしかやることがない
山小屋の消灯時間は八時のところがほとんどだ
しかし、酒を飲むにも割高で
そう何本も飲める訳でなし
何処に行った此処に行った皆の登山記録発表会にも
大して興味はない

しばし、夜風に当たって山の気でも吸い込もうと
ダウンジャケットを着込んで外へ出る

標高三千米あたりでは
真夏でも夜は冷え込む

私と同じ様に夜風に当たっている人がちらほら

遥か足下に瞬く街の灯
相変わらずの経済活動は
夜に入っても止むことなく
また夜には夜の経済収支が
その人工のきらめきの間に間に
人を明るくもし、暗くもしている

間違いなく私はそちらの住人であり
日々翻弄されながらも
あてどなく
浮かび彷徨い
世を渡っている

体に寒気を覚えたのは
気温の低さか、自らの怖気か
その曖昧さを捉え切れずに
またやり切れずに
頭を一周くるりと回し
天を仰いだ

そこには天蓋隈なく広がる星の世界

闇を埋め尽くし
白く瞬く星、星、星
薄墨を流したかのように
天空を横切る天の川

私の二つの目ん玉は
それら無数の星々と対峙した

例えば私の目ん玉を一つの星と仮定して
例えば天空の星々を誰かの目ん玉だと仮定して
この宇宙空間の中で考えると
街中の人の目ん玉も星のように思えて来る
無限の宇宙空間が制限だらけの生活空間にとって変われば
私も二つの星を持った小さな宇宙にも思える

空を見上げる私が
地を見下ろす星が
互いに互いを見ている

地球を含む太陽系は
銀河系の中に位置し
私たちは内側からこの「天の川」銀河を見ていると
以前、雑誌で読んだことがある

規模の違いを取り払い
私が自らの概念を捨て去れば
自ずと宇宙の気配が満ち足りて
ここに現れる気がした
そこで「私も宇宙だ」と誰に告げるともなく
独り言ちてみる

人工の光乏しく暗いこの山小屋のテラスで
私は矮小な自分から離れ
想像力を使いながら
星と星の間を渡ってみた

天と地の狭間に人が居て
それらを含む星となり
その星が銀河と集まり
宇宙が広がる
私個人の事象の一つ一つが
全く取るに足らぬものとなり
数学的な世界も
物理的な世界も
ましてや経済的な世界も
夢、幻と化して
移ろい、漂い、薄らいで消え去った
その後から包み込むように現れたものは
終わることのない安堵の世界
「安らぎ」だった
それはまた夜に瞬く星の一つ
昼に見る色取り取りの草花
硬い岩、黒い土、乾いた砂
明日になれば下山する私自身のものなのだ
言うなれば、最初から

この日、この夜、この訪れた山小屋で
私は自らに備わったものを見た
雨が降っても
真澄の空が広がっても
その状況、環境を問わずに
何処も彼処も
美しく全てが等しく
確実に定まっている

私は足元の小石を拾い上げ
手の中で握りしめた
しばらくすると小石は私の体温と同じ温かさを持つようになる

そういうものである
そうやって祝福されているのだ

あらゆるものが
尽き果てぬ喜びに包まれて
宇宙を成し
その中で輝き放つ
実のところ「永遠」そのものとして何処にでも現れている

星と星の旅を終え
夜の闇に冷えた体を抱えながら
私は足早に山小屋へ戻り、寝床に入り込んだ

消灯までまだ幾許かの時間があったが
私は天井を眺め「私は宇宙だ、そして永遠だ」と思いながら
目を閉じると程なくして眠りに落ちた

太陽を呑み込む夢を見ながら
「明日の朝はきっと美しく輝いているだろう」
との確信を得ると
神秘的な時間は夢と現実を調和させ
今までにない平安を私に与え
明日の予感が希望になる

六根清浄、遍照金剛
六根清浄、遍照金剛
六根清浄、お山は晴天

余すところなく
内も外も
天晴れ


自由詩 山小屋の夜 Copyright 蒲生万寿 2014-07-10 11:47:45
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