散文 【 印象的なモノクロームの世界 】
泡沫恋歌
今まで観た映画で一番印象的だった作品は?
そう問われたら、私は即座にフランス映画の『天使』と答えます。
この映画を観たのは、たぶん三十年以上も昔だと思いますが、当時、吉祥寺に五十人劇場という小さな映画館があって、そこの看板を見てふらっと入って観た映画が『天使』でした。
――なぜ一番印象に残ったのか。
その映画が名作だとか、感動したとか、かっこ良かったとか、そういう理由ではありません。
また、その映画が好きとか、嫌いとか、そんなレベルではなく、今でもなお、驚きをもって回想できる映画だからです。
天使 L'ANGE (1982年)
【監督】パトリック・ボカノウスキー
【音楽】ヴァイオリン:ミシェール・ボカノウスキー、ビオラ:レジス・パスキエ、チェロ:フィリップ・ミユレール、コントラバス:フィリップ・ドロゴーズ
【スタッフ】映像・特殊効果:パトリック・ボカノウスキー、撮影:フィリップ・ラヴァレツト、装置・ミニチュア:クリスチヤン・ダニノス、パトリック・ポカノウスキー、仮面:クリスチャン・ダニノス
ストーリーの詳細については、興味のある方はDVDなどで鑑賞されたらよいと思います。
私の海馬に残った記憶だけで、この『天使』という作品を解説すれば、映像はモノクローム、ストーリー性はなく、同じシーンをカメラアングルを変えて何度も見せられる。
カメラテストかと思うほどに、何度も何度も繰り返し見せられる。
それは天井から吊るした人形にサーベルで突き刺す仮面の男だったり、テーブルからゆっくり落ちる壷と飛び散るミルクなどである。
シュール過ぎて、何を描いているのすら分からない。
感情移入を挟む余地すらない。
音楽は弦楽四重奏の不調和音、絃を掻き鳴らす、ギィ―――、ギィ―――、ギュオォォ―――と、耳を劈く高音が館内に鳴り響いた。
それは音楽というより耳障りな騒音だったともいえる。
最初の五分で館内から逃げ出さなければ、一生映像のトラウマになりそうな代物だった。
――果たして、これを映画と呼べるのか?
フランス映画、『天使』という作品の芸術性が全く理解できない。
だが、映像はノスタルジックで美しかったし、不思議な世界観も嫌いではない。
三十年以上経過した今も、私の頭の中には『天使』がモヤモヤしている。
「いったい何を表現したかったの?」
たぶん、
その答えは――私が神に召されて『天使』になるまで見つけられそうもない。
2014/07/07