アマガエル
イナエ

  1 ベランダのアマガエル あるいは セミ

人工石に囲まれた中空にひらひら揺れる緑色の片鱗が
さまざまな生き物の宿る大木の小枝に見えたのか
ベランダに並んだ化学合成陶器に盛られた疑似土に
埋め込まれた花卉の葉に乗ってしまった雨蛙

近くの川は
アカミミガメが繁殖し
太古から生命を繋いだハリヨやムカシトンボ
人間の食い物に輸入された雷魚やウシガエルさえ
すでに歴史の中へ閉じられてしまった
一晩中夏祭りの賑わい聞かせた水田は
乱雑に刈り取られた麦の枯れ茎が
真夏の太陽に身構える減反
すらりとした殿様蛙も声もなく
農薬の空中散布に耐えた頑健なアメリカザリガニさえ
いまでは 消滅してしまったというのに
おまえはどこから来たのか

人間に飼われた植物だけが生命を維持している場所で
そのぼってりした身体で自然を生きようというのか

確かに 早朝に雀の声が聞こえ
燕かコウモリの影が夕空を横切るけれど
おまえを狙う蛇も百舌も遠く離れて
野良猫さえも人間に飼い慣らされて野生を無くしてしまい
安全であるにしても 地球の自然からら隔絶した箱庭

山からも水場からも地表からも離れた中空に
おまえはどのようにしてやってきたのだ
遠く離れた山麓の小川から
夜 車のまばらな国道をのそのそ渡り
鉄道線路を乗り越え 鷺の目を掠めてやってきたのか
それにしても エスカレーターもエレベータもない
この中空までどのようにして上がってきたのだ

 わたしは知らなかったのだ
 闇の夜 ひそかにでっぷりした胴から羽根を出し
 コウモリのように飛んでいたとは
 あるいは 蘭の葉に乗って滑空していようとは
 翌朝 地上に植え込んだ沈丁花の葉にぽってりした
 緑色の体を見つけるまで

そして 納得するのだ
人間の気配に恐怖して
膨れた腹は葉にへばり付いて更にはみ出し
体表は周りの葉緑色に同化し
メタボリックな姿になったとしても
人間の目を盗んで桜の幹に産卵し
石油加工品や二次加工した人口土で覆われた地表の
隙間を見つけて地中に潜り 樹根の間で幾度もの冬を耐え
年々狭まる地上の出口を見つけ出して
酷暑化する夏を 更に暑く
悲壮なまでに雌を呼び
深まる秋
ひとり 冬を越す辛さに
アリに物乞いして追い返された蝉であったと

   過去作です。 連作「アマガエル」の1 詩集「孤老 されど」から      


2  面・白いアマガエル

ここは いなか
近くに水田も有り水場もあるというのに
立て込んだ分譲住宅に
居着いた物好きなアマガエル
鳴き声は大きくもなく五月蠅くもなく
なまめかしくも無かったけれど
近づく降雨の予報にはなった

紫陽花の葉の上で羽虫を狙い 
ベランダによじ登って星を眺め 
壁にへばりついて保護色を楽しむなど
猫の手を逃れ モズの餌食にもならず
独身生活を楽しんでいる


  3 冬眠中につき

晴れ上がった白い朝 
雪に溺れた家のベランダは
乱反射する硬い光があふれていたが
鉢植えの皐月は窮屈そうだった
撓んだ枝をそっと抜き出し
一つ一つの植木鉢 移動をはじめて
見つけてしまった

鉢穴からこぼれ出た黒い土の上に
ぺたんと張り付いた白い雨蛙
雪に合わせて白くなったか
寒さに血の気も失せたのか
だが 死んではいない
足をわずかに動かして
冬眠中だと合図をよこす

 ずぼらなのか
 苦肉の策か 
 大地から離れた屋上
 柔らかい枯れ葉の層も 
 潜り込める腐葉土も無い
 こんなところで冬眠するとは

 街で飲んだ夜 小公園のベンチで
 居眠りするおれと変わりはないか
 
わたしは植木棚を壁際に移し
春の日 
緑色に化って挨拶に来るアマガエルの
幻を描いて鉢をかぶせた

 以下 「アマガエル独身中」に続く

       連作「アマガエル」 過去作              


自由詩 アマガエル Copyright イナエ 2014-07-05 21:55:41
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