独語するオオカミ ー名古屋市東山動植物園ー                      
イナエ

     
ああーあ イラツク イラツク 

人間どもに騙されたのだ アメリカの野放図に広がった森林から誘拐されて日本の都会の隅の小山の麓の一角に囲われ 夏の陽射しを直接受けて 原色の皮を被った人間どものさらし者になっていては落ちつけないだろ ここでは食い物を探す手間も要らねえ 外敵を警戒する緊張もない 近くの獣舎にはひねもすデレーッと過ごして 子どもばかり作った輩もいるが おらあ性にあわねえ こうして右に左にせかせか歩いて気分を紛らわすほかに 何か良い方法があるかい あったら教えて貰いたいもんだ 夜月に吠えてみたところで ほかの群れが近くにいるじゃなし 北海道の旭山の仲間とコミュニケーションをとれることもなく 人間にうるさがられるだけ 家族の将来考えると じっとしていられるかい 柵の向こうで 肩抱き合ってぶらぶらしているお兄さんよ あんたの魂胆が 臭って邪魔でならねえ さっきからなにを くよくよ迷っているんだい さっさとやっちまいな なに手続きがいるってか 面倒なこったな しかしだ 早くしないと他の雄にかっさわれるぜ どんな生き物だって それがおきてというもんだろう 

ああーあ イラツク イラツク 

まあ 食い物くれて 身体のぐわいが悪いときは 頼みもしないのに 薬のまされて治され… 安全な暮らしを 保証してくれる人間に文句は言えないとしても 地震で山崩れたらどうしてくれるんだい ここは野生の鹿やウサギなぞいない都会だ 家族で群れて そこらで遊んでいる人間の子どもか おしとやかに歩いている小犬でも襲うか  そうでもしないと餓死するのが目に見えている その前に殺されるちまうだろな 生き延びるには 崩れた檻の中でじっとおとなしく 人間が餌くれるのを待つしか方はないか おらたち一家の殺生与奪は人間に任されちまったからな 

なあ 人間よ 未来永劫面倒みてくれるだろうな 

                        初出「田園」150号



自由詩   独語するオオカミ ー名古屋市東山動植物園ー                       Copyright イナエ 2014-06-30 21:20:14
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