使徒の竜と契約を巡って
りゅうのあくび

僕が使徒を引き連れて
詩を書き始めるきっかけは
十九歳の夏
或る女との
一方的な
失恋の果てにある

契約までかわすこと
になったのは
その歳の秋頃だろう
なぜか失意のうちに
幻のように
ふと現れた
蒼い天空の色のような
眼をしている火竜が
詩作の使徒になる

契約とは
地球に棲む
生命の小さな灯火を
くべるために
その想いを詩として
大切な命に届けることを
その翼に託すために結んだ
竜が使徒になる代わりに
僕は約束をした
或る時空の世界から
幻とともにこぼれて来る
姓名年齢ともに
不詳の雌の竜が
話す声を静かに
聴く必要があった

詩作の使徒である竜は
本来は人間よりも
知性的なところがあって
戦争嫌いで
武器よりも
言葉をいつも選ぶ
種族なのだ

最近少し騒がしい
契約の相手である
その竜との関係を
改めて考え直す
はめになっている
哀しい気持ちもあり
やりきれないのだが
しょうがないのだろう

佳境の時には
幻となって現れるはずの
竜の使徒がつぶやく
最近の言葉は
真剣に人間の
幸せなどと云うものは
あまり深くは
考えていないようである
時々その激情に流されて
その務めを果たせない

何か事情があるのだろう
いつも生命の煌く
灯火についての
想いをしっかりと届ける
準備を忘れて
ほしくないのだけれど
たった一枚の始末書を書かせて
済むような話でもない

僕が倒れた日の前後から
何か様子が
変わっている気がする
その通りのようだ
どうも昔の寡黙さを忘れて
つい空騒ぎをしている理由を
思い切って尋ねてみると
どうしても結婚理由で
使徒を辞めたいと云っている

竜であっても
結婚というのは
あるみたいだけれど
結婚相手については
まだ実際に紹介もないところだ
水っぽいなとも思う
煌く炎を静かに胸に
抱く竜でもあるのに
雌というのは実に
不思議な生き物である
本当のところ使徒を辞める理由は
結婚理由かは
どうやら曖昧だけど
それは深入りしても
ただ謎が増えるだけだろう

もちろん今まで
詩作で共に同じ想いを馳せて
きっと宇宙よりも
広い大空で
一緒に飛び回った思い出は
ずっと忘れられない
労いと感謝で
心より報いたいところだけれど

ある程度の
歳月のあいだ
この激しい雨の振るなか
小さな旅の途中でも
再び契約するのに
ふさわしい竜がいるかどうか
見当がつかない


自由詩 使徒の竜と契約を巡って Copyright りゅうのあくび 2014-06-19 21:21:06
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