ホット・スタッフ
ホロウ・シカエルボク
ルーティンワークのように
絶叫し続ける脳髄は
血肉のような調子を欲しがる
ほら、もっと
ほら、もっと
よだれを垂らしながら…
浮浪者の死体を齧っていた野良犬が射殺された
「あいつ笑いながら死んでたよ」って
引金を引いた男は言っていた
ふん、相当に美味いもんらしいな
良かったじゃないか、末期の水にはもったいないくらい
死ぬ前に齧ったのか
死んでから齧ったのか知らんけどさ
二十歳そこそこのバックパッカーが無残な姿で発見されたある日の朝
バイクに乗ってちょうどそのあたりを走っていたんだ
疑いをかけられてさ、えらい目にあったよ
いかにもな車に乗った余所者が街中のホテルで縄かけられて
お蔭で俺は解放されたんだけど
それで休日が一日潰れちまった、おまけに
「疑って悪かったな」なんて、一言もやつら聞かせちゃくれないんだぜ
正義なんて高圧的に守るべきものなのか?
俺は疑問に思わずにはいられなかった
マイケル・ジャクソンの命日が近くなってきたころ
このあたりじゃ有名なばかでかい農場の跡継ぎが
トラクターの下敷きになって死んだ
失血死だったが血なんてどこにも見えなかったってさ、そいつの身体はほとんど土に埋もれていたから
恐ろしい数の鴉が群がっていたから
発見が早くなったんだと
その農場は今でも生産を続けていて
質のいい野菜を出荷してるってさ
「俺が生きてる限りこの農場は続ける」って
農場主はそう言ってた
「あいつはここの肥やしになってくれたのさ」ってね
死体置場で裸になって、この世のよろこびを歌おう、冷たい生の名残を跨ぎ、青褪めたやつらに小便を浴びせよう、ほら、もっと、ほら、もっと、俺はここにいる、ここで
お前らの干上った性器を眺めている、運命を失った惨めな生殖器を、ぽっかりと開かれた唇を―
アヴリル・ラヴィーンのアルバムを流しながらストリーミング・スイサイドした十代の少年は伝説になった、なんでもタイミングがバッチリだったんだってさ、あとで音楽を乗せたみたいに綺麗にハマってたって…インターネットじゃ彼の話題でもちきりさ、彼の最期は何百万回と再生されて、一日に何度も世界中で彼はぶら下がって痙攣して糞小便垂れ流して死んでいくんだ、俺も何度か見たよ、アヴリルのことはよく知らないけどなるほど確かにイカしてた、確かにドラマみたいだった、だけど、なあ、これ、本当に死んでるんだろ?何度も何度も、痙攣して垂れ流して死んでいく彼は、嘘ではなかったんだろう?俺は中毒患者のように画面に顔を近づけて鬱血していく彼の顔を見ていた、なあ、彼の死はどこへ行った、彼の死はいったいどこへ行ったんだろう?動画サイトの軽快なプレイヤーで果てしなくリピートされる彼のスイサイド、そうしてしまったことで彼はこの先もずっと死ぬことを許されなくなったみたいに俺には思えるんだ
そう、この間、幽霊が出るっていう廃屋に行ってきたんだ、友達と二人でさ、あまりに退屈していて…やつの車に乗って、二時間近く走って、山の中にある巨大なお屋敷の廃墟へさ―それは怖ろしい光景だったよ、悪魔の棲む家っていう、古いホラー映画そのままさ―崩れた門を乗り越えたところで車を止めて、俺たちは屋敷へ潜り込んだ、小さなライトを二つ持ってさ、足元を照らすのがやっとだったよ、あんなに暗いなんて思わなかった、屋敷は三階建で、横に長い直方体だった、一部屋ずつ見て回ったけど、どこも変わり映えしなくてさ、床が落ちてる部屋なんかもあって、でかい割にあんまり見どころはなくって、飽きて帰ろうと思ったんだ、その時さ…俺たちは三階に居たんだけど、ある広い部屋で一人の女が首を吊ろうとしていたんだ、まさにその瞬間だった、俺たちはやめろと叫びながらその部屋に飛び込んだ、女はびくっとして、思わず輪っかから身を離して、バランスを崩して倒れちまった、俺たちは女を連れて車に戻った、女はシンニード・オコナーに似ていた―「馬鹿なことをしやがって」と俺は言った、「何があったか知らないけど、死ぬことなんかないよ」と友達も言った、「それもあんな寂しい場所でさ」女は何も答えなかった、ここまでどうやってきたんだ、と俺は尋ねた、「歩いてきたのか」と言うと少しだけ頷いた、「すげえな」と友達が言った、それからとにかくそこを離れようと思って、車を走らせたんだ、友達が運転して、女が助手席、俺は後ろに座ってね…俺たちは何度か話しかけたけれど、女は一言も言葉を発しなかった、まあ、もしかしたら今頃喋れなくなってたかもしれないしな、と俺は思った、もちろん口には出さなかったが
もうすぐで山道を抜けて、街へ帰る道に出るというころだった、女はいきなり身を乗り出して、友達が握ってるハンドルに体当たりした、カーブに差し掛かるところだった、車はコントロールを失くして、ガードレールを突っ切って谷底へ転がり落ちた
俺が気付いた時、そこは病院だった、「ああよかった」と看護師が言った、「三日間眠り続けていたのよ」何がどうなってるんだ、と俺は尋ねた、お友達と車で事故にあったのよ、と看護師が教えてくれ、ああ、と思い出した、二人は大丈夫なのかな、と俺は尋ねた
「二人?あなたとお友達ってこと…?」
「違うよ、女が居ただろ、彼女が急にハンドルに飛びついたんだ、それで…」
ねえ、と看護師が俺の言葉を遮った
「車に乗っていたのは、あなたと、あなたのお友達だけだったわ、あたりも捜索されたけど、他には、誰も見つからなかったわ…」
俺は、そんなはずは、と言おうとしたが、言葉が出なかった
「お友達は、残念ながら…」
死体置場で裸になって、この世のよろこびを歌おう、死はミシン針のように、俺たちを闇に縫いつけようと狙っている、眼をいっぱいに開いて、そいつにだけは捕まっちゃいけない、そいつにだけは捕まらないように、きちんと生を見つめていないと…
俺は薬臭いベッドで目を閉じた、あの、首を吊ろうとした女の冷たい目線が、俺を覗き込んだような気がした…