五感に、刻みこんで
茜井ことは
何も失うことなく
すべてを放棄するには
消えるだけでいい
だけど、すべてをこの胸に
留めおくことは
どうしてだか、こんなにも難しい
過ぎ去っていくこの春を
刻みこむようにイメージする
脳へ必死に書き連ねる今は
振り返っても
陽光のやわらかさを
つつじの花の香りを
存在しないかのようにぬるい空気を
再現してくれない
記憶
わたしが繰り返し没入するそれは
いつも何かが足りなくて
生々しさを奪われてしまう
あなたの手のひらを
くちびるを
わたしは確かめるように身体をなぞる
だけどそこには、真実がなく
そうしていつも
記憶は肌を失う