夜更けの紙相撲 五月の羽
そらの珊瑚

昨晩の月は絵に描いたような朧月だった。
まるで大きなオブラートに包まれたように
柔らかで幻想をまとった月だった。

粉薬にオブラート。
昔、ありましたよね? 紙の箱に入ったうすい半透明の、あれ。
むせないように、苦くないように、気遣ってくれる、あれです。
オブラートの成分の何%かは優しさで出来ているのだと思う。
体のなかの水分でゆっくりと溶け出して、さあ、どうぞというのだろう。
さあ、どうぞ。
オブラートに包まれた月の下、けたたましい蛙の鳴き声が響き渡る夜でもあった。
命短し、恋せよ乙女。恋の時間は短くて、パートナー探しに我さきにと叫んでいる。
でも鳴くのはオスだけだそうです。
愛しているとかそんな言葉もいいけれど、
オブラートに包んだ愛の告白もまたいいなあ。

月がきれいですね。とか。
かつてアイラブユーを夏目漱石はそう訳したそうですが。
ゆっくりと効く漢方みたいに心が回復しそうである。
オブラートの何%かには、愛が含まれている。

今年の連休はどこへも行かず、娘がもらってきた雀の雛を育てていた。
娘の中学校で保護された雀らしいが、その可愛さといったら!
リビングのテーブルに置かれた箱の中で始終ちゅんちゅん啼くものだから
そのたびに覗き込んで家族が代るがわるピンセットで
ふやかして、すりつぶした餌を与えるのだ。
お腹がいっぱいになると寝て
(立ったまま寝るのだ、すごい、足はしびれないのだろうか)
起きてまた食べるの繰り返し。
人間の新生児だって確か2時間くらいは寝てくれたと記憶しているから、
雀のお母さんはさぞ大変だろうと感心した。

  
  
  つばさでないといわれたことがある 羽ばたくようにしてみせたのに


これは私の好きな笹井宏之さん(病気のため若くして世を去った)
の一首であるが、その雛もまた羽ばたく真似をしてみせる。
誰も教えていないのに。空を飛ぶようにできておるのだなあと思った。

けれどとても残念なことに雛は一度もとぶことなく、命を落とした。
空を飛べなくとも、つばさだったよと言ってあげたい。
私はそんな一生懸命なつばさに会ったのは初めてだった。

連休明け、娘が学校へ行ったらこう張り紙がしてあったそうな。
「雀の雛を拾わないでください」
うん、困るよね、拾ってこられても、先生だって忙しいし。
何より野鳥の雛を拾ってもちゃんと育てることは難しいのだろう。
巣から落ちてしまっても、親鳥がいずれ助けにくるのかもしれない。
でも地面で啼く小さな雛を思わず拾ってしまわずにはいられない
子供の心もまた大切にしてあげたい。

人間の背中に羽はないけれど、羽ばたくレッスンならば世の中に満ち溢れているだろう。

今朝はよく晴れて、うすい羽を思わせる雲がぼんやりと青空を流れていった。


散文(批評随筆小説等) 夜更けの紙相撲 五月の羽 Copyright そらの珊瑚 2014-05-16 11:38:24
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