墨で描かれた白い鳩
塩崎みあき

堅い表情の子供が
傍にいる大人に向かって

この鳩は白いのに黒い墨で描かれていますね

と言う

大理石と御影石と蛇紋岩
由緒正しい学校の
離れに建つ理科室

理科教師は熱心な質で
放課後に
希望者を集めては
解剖実験をさせてくれる
カエルとねずみとカタツムリ
メスで裂いた切り口から
内臓が見えると
ワッと歓声が上がる

ある日生徒のひとりが
この鳩を解剖してくださいと
紙に描いた鳩の絵を持ってやって来た
理科室には
教師とその生徒の二つの影があるばかり

まずは対象をしっかり観察することです

教師は鳩の輪郭を指でなぞり
落ち着いた美しい声で
生徒と絵を交互に見ながら解説をする
その指の動きがあまりに丁寧なので
生徒は背骨がむずがゆくなる

この鳩は白いのに黒い墨で描かれていますね

鳩をなぞる指が紙を離れ
生徒の頬のあたりをかすめたので
怒られると思い
堅くした身体をさらに強ばらせたが
意に反して
その手は彼の肩をふわりと包み
教師はとても優しい笑顔で

今日の解剖の結果は上出来です

と言って準備室の方に入って行ってしまった
しばらくして
大小の壜を持って戻ってくる
それはホルマリン漬けの標本
生徒は喜びの表情を浮かべる
普段は劇薬と一緒に準備室の棚の奥にしまわれて
絶対に見せてもらえない物なのだ
猫の心臓と猿の脳と牛の視神経
全て漂白され隅々までくっきり見渡せる
見事な標本達

ご褒美ですよ

生徒はピンと来なかったが
そんなことはもうどうでもよく
ただ標本に見蕩れるばかり

教師は再び生徒の肩に手を添え
目線を同じにしながら標本を見つめる
時々来る生徒からの質問に応えながら
手はいつしか生徒の頸椎をなぞる
知っているはずの骨の数を指で数えながら

なにごともまずは観察する事が大切なのです

と目を細める
生徒は標本の硝子に手を伸ばし
取り憑かれた様に猫の心臓の輪郭をなぞる

日がだいぶ傾き
教室は墨を流したように薄暗くなっている
そのまま
二人とも
白い鳩の絵と共に
この墨に溶けてしまうのかもしれないと
互いに感じる程の闇が
おとずれている


自由詩 墨で描かれた白い鳩 Copyright 塩崎みあき 2014-05-08 01:46:23
notebook Home