小説家と器〜ホーリーナイト〜

12月の寒空の下、ハンモックを並べて二人で凍えながら見えない星の話をする
そんなお伽話を書こうとした小説家は、師走の新宿東口の路上で酔い潰れ
体温を徐々に無くしていく間
何千ものパンプスやスニーカー、それにくたびれた革靴が通り過ぎ
揺り起こされることはなかった
濁ってしまった目で小説家は、刹那果てしないイルミネーションを見る
それは一度だけ行ったモンゴルの溢れる星空に思えて
圧倒的な宇宙に抱かれて
眠れ

ホーリーナイト



そして今僕の横にはやはり小さな死の器があって
ささやかな寝息をたてて、聖なる夜が過ぎる
その器は悲しみをとじこめたり、やさしい光を携えたりして
確かに僕の横で滔々と眠っている
空気は凛と鳴り、その他の静寂は身動きのとれない泣き笑いで、
足りない時間を数えているだけで
してもしなくてもいい今日の行動でかじかんでしまった指を
僕は眠っている死の器の前にかざしてみた
その寝息は泣きたくなる位、やさしく暖かく当たり前に僕を誘う
だから眠っているその器を抱きしめた

ホーリーナイト



誓いを立てなければならないと、恋人達も慌てている
何事も無いような顔で月が、高層ビルの先端にキスをする
誰もが明日になれば小説家のように冷たくなっているかもしれない
もしくは知らない仮面をとってありきたりの暮らしに戻るのさ
12月はこういうふうにやってきて、
ほとんどの取るに足らない痛みと同じで、知らぬ間にいってしまうのだけど
夜明け間近
鳥達が闇から開放され、お日様が上がるべき空へむかって飛び立ち、
小さな死の器の寝息が穏やかな白い調べとなって
僕の完全な安らぎになるだろう

ホーリーナイト


12月のハンモックの話を、僕は知りたいと強く思ったけど
それはまだ知らなくていい話なのかもしれないので、
僕も彼の横を通り過ぎなければいけない
小説家はいつもそれを抱いて去っていく、現われた時と同じように
書かれなかったことにだけ、祝福があるのだという
大丈夫、目覚めなくてもよい朝が君にも僕にもいつかくる
聴き逃したり隠蔽されたものも号砲もしくはシンフォニィで曝される

ただ安らかを願えば

神はいつも君たちの中にあり、そして僕の中にある
それ以上でもそれ以下でもない、それだけは断言できる
器が横に有る限り
僕らは生きるべき理由をにぎりしめている
僕らに生きるべき理由を与え続けるのだ


死の器からはこんこんと透明が溢れ、まばゆい光は本物だ
罪や穢れなど最初からなかった、だから何も憎んだり恥じたりすることはない
安息はすぐそばにあり、僕の隣でも眠っている
やがて僕にも君にもお伽話の意味がわかるだろう
書き終えてペンを置き、息をついて曇りがちな窓から星をみるだろう

ホーリーナイト


全てこの夜に起こったことは、たった一つの事象
祈りを越えた祈りだ




自由詩 小説家と器〜ホーリーナイト〜 Copyright  2005-01-20 23:49:32
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