レブンアツモリソウ
イナエ


冬が去ったとは言え
霧に覆われ風にさらされる離島礼文
ようやく萌え始めた草の緑に
きりっとしまった白い袋
鎌倉武士の母衣が花開く 

かつては
ニシン漁の男たちが
往来を始める島の春
童達は道ばたに溢れる母衣を 
潰して遊んだと言う

  *白い母衣を膨らませ
  沖に浮かぶ味方の軍船に
  渚を急ぐ馬上の敦盛 
  敵将に呼び止められては
  後ろを見せられない武士の意地
  覚悟を決めて浜に戻り 組み討つも 
  荒くれ男に討ち取られ
   
アツモリソウで遊んだ童らは大人になり
群生する小山を有刺鉄線で囲んだ
この島に巨大な草食獣は居ない 
この島に花を踏みつぶす獣は居ない 
人間が人間を信用出来ない哀しい風景

頑丈な木柵に阻まれ 
有刺鉄線につり下がる人間の業
心惹かれるものを手元に置きたい人間の欲望
愛しいものを我が手で育てたい人間の性
これら純な心につけ込む独占欲
盗掘を試み 移植を試み…

だが アツモリソウはかたくな 
育った土を愛し 
共に暮らした微生物を愛し
異土の暮らしを拒絶して息絶えるという

人の情を知る童らは木道を作り
多くの人に鑑賞させる
短い北の春に 
白い顔を見せる花
その宿命と清楚な姿は 
夭折した敦盛と重なって
壇ノ浦に沈んだ平家のようで
北端の離島に咲く姿は 
山間に静かに暮らす落人のようで

*「平家物語」から 


自由詩 レブンアツモリソウ Copyright イナエ 2014-05-01 09:39:32
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