胸にチクリ
殿岡秀秋

街路にいるぼくが
語りかけるとき
胸の塔の
小さな窓があき
風がはいって
搭の中に眠っていた
もうひとりのぼくが
街路をのぞく

去っていくときに
長い髪をゆすって
一度だけ
振り返った女を
見送るしかなかったぼくの
胸の一部がちぎれて
からだから
はじけ出て
街路をころがっていく

そのときに
転がったぼくが
今は街路に立って
まだ胸が痛むとつぶやく
街燈の光が通り抜けて
影がない

幼い日に
不意に母が傍らを
離れたのを
追って
固い路を走った
胸がゆれ
からだが裂けていく痛みをかかえて
後をおいかけた
母は用事があって
ぼくから離れただけだが
母と離れることが
ありうることに
おどろいて
泣いた

その日から
独りで生きるのを
承諾しないぼくが
指しゃぶりしながら
胸の搭に眠っていた

見つめあう
街路のぼくと
小窓からのぞく
もうひとりのぼく

今街路に立つぼくに
独りで生きていこうよ
と胸の搭の小窓から
ぼくが呼びかける

一瞬うなずいて
夕暮れの街路に
溶けていくぼく


自由詩 胸にチクリ Copyright 殿岡秀秋 2014-05-01 08:13:09
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