僕は君と、めがねの置き方を知らない
赤青黄
「僕は君と、めがねの置き方を知らない」
?
洗う習慣がない。ケースに入れたことがない。寝るときはベットの脇に、起きる時は目を瞑ったまま手探りで。僕にとってなくてはならない存在のようで、実はそうじゃない。それに親から与えられたものだし。ただないと不便になるだけで、つまり執着がない。だからどうしたんだといわれると、まあ、、つまり、、、僕はめがねを壊したことはないってことさ。
?
昨日、あるいていたら、ある女の子を見つけて、いや、なんかすごく緊張してしちゃってさ、いや、僕の周りには昔から女の子しかいなかったのにね、いや、こんなんで汗掻くなんてさ、いやほんとらしくないんだけど、でもなぜだかしちゃって、でなんかめがね外しちゃった。ポケットに手ー突っ込んで、洒落た店のウィンドーの向こうに並べられた、まだ持ち主のない、ちょっぴり高級なアクセサリーなんか見てる振りしちゃってさ、バカみたいだ。女の子は隣にいたもう1人の女の子としゃべりながら、バス停の前に止まり、十分後に来た、病院行きのバスに乗っていった。
「何やってんだ僕は」
とか、久しぶりに後悔しちゃって、んで苦笑しながらめがねを付け直そうとしたんだけど、、
鞄の中にいれたつもりだったんだけどね。参った。あれが無いとまずスマフォの画面が小さくてよく見えなくてさ、いや、よく目を凝らせば見えるんだけど、そんなことしてる間に信号は変わるし、時刻表は電車を止めてくれなしいし、値札をみる顔がみるみるこわくなってきてさ、ずっと僕はめがねめがねしていた。
どうやらめがねを落としたらしい。あれを外したあの店のウィンドーの前で必死にはいつくばっていくら探してたら、コンタクト探してる人と間違えられて、無性に恥ずかしくなってきて、交番に行ってみようとして、手続きがやたらめんどくさそうだったので、前まで来たのに引き返してしまった。新しく買い直すのは癪だし、でもスペアのめがねは度のきついピンクのフレームをだから町歩けねぇし、だから僕は探すしかなかった。でもめがねはどこにもなくて、気がついたら夜になってた。ついに映画をみることはできなかった。
こうして僕のめがねを巡る冒険が始まった訳だ。
?だれかぼくの知りませんか。
「さっきメガネを咥えた猫が通ったよ」
「さっき猫がゴミ捨て場に•••」
「さっき茶色いコートを着たおっさんが私の求めていた物品やゆうてなんかもっていきおったで」
「ああ、あれ樋口と交換したわ」
「あああれ、さっきだれかがトイレに忘れてったから交番に届けたよ」
「ああああ、あれ持ち主が見つかったから渡しちゃったよ」
「あああああ、俺のじゃなかったから捨てたあるよ」
「拾った」
「売った」
「解体した」
「組み立てた」
「盗まれた」
「売った」
「かった」
「捨てた」
「たべた」
(うそだ)
「渡した」
「落とした」
(捨てた)
「ああ、あれか、病院に寄付した」
「なんで?」
「あれ、老眼鏡やろ?」
言葉を交わす度に人の強かさを感じながら、僕は暑い日ざしの中、丘の上にある病院まで歩いていった。酷く汚れたガラス扉の、古ぼけた音を出す自動ドアをくぐると、すぐ小さな受付に座る一人の女性と目が会い、とりあえず頭を軽く下げた。彼女の隣にはメガネ置きが置いてあり、そこにめがねがあった。
「すいません。」
「なんでしょうか」
「これ、僕のめがねなんです」
僕はことのあらましを事細かに話してめがねを返してもらおうとしたのだが、彼女は僕が一つの言葉を発する度に顔を引きつらせていき、話終える前に用があるから少々待てといって受付を去ってしまった。いや、受付嬢が受付離れてどーすんだよ、とか突っ込みながら、僕はきばんだスポンジが穴からはみ出すベンチに腰を置いて待つことにした。僕以外この待合室に人はいなく、時折病室のある二階から悲鳴が聞こえてくるから、多分この病院はそのお陰で成り立っているのだろうと勝手に想像しながら、ああ、今日九時からやるテレビ番組の録画予約をするのを忘れたってことを思い立ち、僕はジャケットを着て、急いで病院を後にした。
?翌日、僕はまたあの病院にいて、今度はなぜか診察をうけていた。
「風邪のようですね」
「いや風邪じゃないですよ」
診察室の窓から鈍い陽の光りが無駄に広い院長の診察机を照らしていて、、、だから僕はめがねの話を切り出せないでいた。
「見えないんです、返してください」
「でも君は今まで大切にしてこなかったのだろう?」
「はぁ、まぁ」
「あのめがね、なんだか評判がよくてねぇ。今度、市役所のカウンターに置くことになった」
「なんの評判がよかったんだよ」
「使い勝手がいい、若い人から老人にいたるまで、あのめがねをつけた人達は皆あらゆるものが見えやすくなったという。あれはただのメガネじゃない。だれからも愛されるメガネなのだよ。ということは、こんな辺鄙な所に置くより、もっと多くの方達に使われる形にすることがより最善なののではないか?と思い今回移すことにしたのだよ。だから、君は新しいめがねを買えばいい。代金は私がだそう。いくらだね?いくらだせばいい」
?僕はどうすることも出来なかった。
僕のめがねが奪われたことに対してではなく、僕は僕のめがねにいえることが何もなかった。僕のめがねは至って普通の、もしかしたらちょっとだけださい、あるといいけど、なくても困らない、安いめがねだった。僕は新しいめがねをかけて町を歩き、また新しい女の子をつけたりして、でも何もしないまま結局1人路地をあるいていたりして、こっそり市役所に行ったりして、使われているのを見ると、少しだけ嬉しくて、でもちょっとだけ喉が渇いて。僕は駆け出した。その間に陽が沈み、太陽が顔を出すまで僕は新しいめがねをつけて料理をし、風呂に入り、発泡酒を片手に映画を見たり食べたりのんだりして、めがねを外すとき、今度はしっかりケースの中に入れて眠った。目が覚めたらシャンプーで毎日洗ってあげて、電車の中では、他人にぶつからないように腕つり革に捕まる手でフレームを守った。でも、新しいめがねはすぐ壊れた。ふとしたとき割れたり、まがったりして、何回も買い換えた。その度に院長はお金をくれた。僕は更にめがねを大切に扱うようになって、僕は朝目を覚ます度に身体を洗った。いつの間にか僕のめがねは市役所からなくなっていて、それでもめがねは壊れていった。
?
僕がゴミ箱を出そうとする時に、猫が僕のところに一つのめがねを持ってきたのだ。そのめがねはあの病院のように古ぼけた自動ドアのように開く度に硬い音を出していた。レンズは酷く曇っていた。
僕はめがねを抱きしめて、めがねの落とされて出来た沢山の傷を一つ一つなぞった。歪んだフレームを指でなぞり終えた後、彼女は大事にされていなかったことを知った。皆使うように使って、全て投げていったのだ。僕がめがねにしたことを決して終わらない日々の中、毎日のように繰り返されて、彼女は猫に拾われてここに来たのだった。
?
僕のその夜、久しぶりに戻ってきためがねをかけて、やっぱり一番落ち着くな、とか思ったりしながら、今度は失くさないようにしっかりケースにしまって、今日録った番組を明日みることに決めた。今決めた。今日は休ませて、明日から今度は。
だから、今はおやすみといって。
?(本当は今度なんてどこにもないのに(?))
次の日、僕のメガネは本当に壊れてしまった。