先割れスプーンは知っている
ブルース瀬戸内

セバスチャン、これが先割れスプーンよ
僕の記憶はこの言葉を最後に消えている。

豆腐ハンバーグを食べていたのは確かだ。
肉と大豆のコラボに心踊ったのも確かだ。
そして先割れスプーンを手にしたはずだ。
めくるめく桃源郷が僕を待っていたのに
僕はその先のことを何にも覚えていない。

肉と大豆が何を奏で何を奏でなかったか
魅惑の旋律にどんなリズムを乗せたのか
ハンバーグとしての矜持を保ち得たのか
それは豆腐の自尊心に配慮していたのか
僕はまったくをもって何も知らないのだ。

今、僕の目の前に豆腐ハンバーグはない。
挽き肉型の虚無と豆腐色の茫漠を載せた、
きれいな空っぽの皿が置いてあるだけだ。
僕は先割れスプーンをぐっと握りしめる。

隣の妹の腹が食前よりかなり太いのだが、
そんなことを気にしたら兄として失格だ。
僕は先割れスプーンを静かに置いてから
やっぱりスプーンをぐぐっと握り直した。
このスプーンはすべてを知ってるはずだ。

これから食べ物をめぐる修羅場が始まる。
醜いが、生きるとは一面そういうことだ。
先割れスプーンがキラリと光る。勝負だ。
「ちょっと話がある」僕は宣戦布告した。


自由詩 先割れスプーンは知っている Copyright ブルース瀬戸内 2014-04-17 20:14:18
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