先割れスプーンは知っている
ブルース瀬戸内
セバスチャン、これが先割れスプーンよ
僕の記憶はこの言葉を最後に消えている。
豆腐ハンバーグを食べていたのは確かだ。
肉と大豆のコラボに心踊ったのも確かだ。
そして先割れスプーンを手にしたはずだ。
めくるめく桃源郷が僕を待っていたのに
僕はその先のことを何にも覚えていない。
肉と大豆が何を奏で何を奏でなかったか
魅惑の旋律にどんなリズムを乗せたのか
ハンバーグとしての矜持を保ち得たのか
それは豆腐の自尊心に配慮していたのか
僕はまったくをもって何も知らないのだ。
今、僕の目の前に豆腐ハンバーグはない。
挽き肉型の虚無と豆腐色の茫漠を載せた、
きれいな空っぽの皿が置いてあるだけだ。
僕は先割れスプーンをぐっと握りしめる。
隣の妹の腹が食前よりかなり太いのだが、
そんなことを気にしたら兄として失格だ。
僕は先割れスプーンを静かに置いてから
やっぱりスプーンをぐぐっと握り直した。
このスプーンはすべてを知ってるはずだ。
これから食べ物をめぐる修羅場が始まる。
醜いが、生きるとは一面そういうことだ。
先割れスプーンがキラリと光る。勝負だ。
「ちょっと話がある」僕は宣戦布告した。