繋がる赤い糸
ハァモニィベル

フェラーリのような女が颯爽と乗込んで来た時、電車内は満席だった。

   *
女は、妙に似合う黄色の吊革を掴んで立ったまま、彼女よりちょっと薄紅がかった、シャア専用といった感じの、携帯電話を取り出すと、当然のように眺めはじめた。すると、彼女の鮮やかな色以外は、まったく周囲の習俗に溶け込んで見えなくなる。手にしているその枠の中にしか世界が無いかのように。

   *
女は携帯で小説のつづきを読みはじめた。話題のベストセラー作家、退紅一斤(あらぞめいっこん)のミステリ小説『猩々緋の迷宮』だった。その中で、死体の傍に置かれた謎の暗号文が出てくる例の箇所をじっと見ている。


  朽葉は、香りながら錆びた。
  曙に丹心の茜、
  白橡に昇る 復讐の'あさひ'
  石竹をみよ紅梅をみよみよ蘇芳


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彼女の秀麗な眉がキッとつりあがった。その瞬間、「白橡」の読み方が解らずに苛立っているな、きっと。そんなデュパンの推理が過ったが、(しろつるばみ)だよと教える前に、もう、飽きてしまったのか、彼女の画面は、すでに『メビウスリング四月の読書会』のページへと移っていた。

    *
そこでは、〈赤〉をテーマにした詩についての創作や読解が行われていた。さっきの暗号文が、すべて〈日本の伝統の赤色〉で配されていることに気づき、ミステリの謎を解くかも知れないと、フェラーリのように赤い服を着た彼女の顔を見ると、綺麗な瞳を輝かせた、〈赤〉に無頓着な美女が、そこにいることに、こちらの方が気づいた。

    *
彼女は、読書会の記事を熱心に読んでいる。まさか。参加者ではあるまい・・・。
初めて見る彼女は、もう何度もネット上の会話をしている奇妙な顔見知り?そんな不思議な偶然も無いとは言い切れぬ。枠の中の世界が実体を持って裏返されたような瞬間。檸檬のような―― 一瞬。

    *
彼女は、読書会の記事を興味深かそうに読みつづける。ルージュ・ココの口唇がちょっとほころんだのがわかった。
リンクを飛んで、私の投稿した詩が、彼女のスマフォの画面上に現れた。ハァモニィベルの詩だ。意識を集中した彼女の美しい瞳が、その詩を、読み始めた。

 《フェラーリのような女が、颯爽と乗込んで来た時、・・・》






自由詩 繋がる赤い糸 Copyright ハァモニィベル 2014-04-15 19:35:48
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