遠い日の歌はバスにひかれる
茜井ことは
耳につっこんだイヤフォンから
流れでるメロディとともに
バス停にたたずむわたし
の前を
容赦なく通りすぎていく
乗用車たちよ
ボリュウムをあげて対抗するわたしを
笑っているのかい
猫背の風が
わたしの前髪を
ふうわりと踊らせる
イアン・ボストリッジの
理知的な声は
わたしの耳に届くまで
どれほどの歳月を費やしたのか
訊いたところでわからない
わからないけれど
確実にいま
わたしはこの声をきいている
バスに乗りこみ
いちばん後ろの座席に
身体を沈めた
エンジン音が掻き消していく
イアンの美声を
わたしは耳を研ぎ澄ます
イヤフォンの中のイアンに
出会うため
でも、研ぎ澄ますほどに
声は縮れていく
だから、あくびひとつして
諦めてしまうんだ
こうしていつも
遠い日の歌は
バスにひかれる