遠景
山部 佳
桜が散り始めた
昔、誰かがそこに植えたのだ
古びた板壁のペンキが剥げた営舎の
埃っぽい運動場の端に
左旋回だったのは
右利きだからかもしれない
春霞の海は穏やかで
座している私の目を
死んだ親父の目に似せる
油断すると指までが親父の指になる
幻聴か…
風に煽られた土埃に混じって
花びらが群舞する先から
プロペラの爆音が聞こえる
時代はますます色を失くし
なにか一様な灰白色の平坦さに
誰もが安心する安穏に埋没する
飛行服の股間を濡らしながら
視界の隅で血を流したのは
もう一度、満開の桜の樹の下に座して
プロペラの爆音を聞きたかったからだ
桜は散り始めた
霞んだノスタルジヤの彼方へ
ひとひらごとに言葉をのせて
運び去る 穏やかな