無謀
オダ カズヒコ
海岸道路わきに車を停め
赤い傘を立て
女の肩を抱き
突堤を海へと向かって歩く
鉛色の空が
どこまでも低く垂れこめる
雨があがった一瞬
俺たちはそこできつく抱き合って
キスをした
手放した赤い傘は
海があっという間に飲み込んでいった
海の水は
まだあの頃のように
冷たいんだろうか?
まるで死体がいっぱい埋まっている
デコボコの土くれのようだ
唇の中で
考えている
ずっと先の
これからことだ
女の体を離すと
彼女の目をじっと見つめて言った
そう
昔のようにそれを義務としてではなく
使命のように感じている
もっと控えめに言うと
探していたものを
やっと見つけた
だから手放したくないと感じている
自分にはもう可能性がないと感じた時
自尊心を歪めてしまったのは
俺の方だ
そういった瞬間
俺はまるで犬のように惨めな気分になる
自分にはもっと試練が必要だと感じた時
愛を歪めてしまったのも
俺の方だ
だから事実が歪んだ責任も
きっと俺にある
器から水が溢れ出すように
それをとどめることはできない
心には
形がないからだ
形のないものを信じようとする
俺たちは
きっと無謀だ
だが無謀でないことなど
この世に存在するだろうか?
レストランの自動扉が開く
駅の改札
乗り換え駅の売店
交代する運転手
待合室で
女の体の重みが
ずっしりと圧し掛かってくる
目を閉じる
キスをする
指先を絡める
冷たさと温もりが交雑する
だが無謀でないことなど
この世に存在するだろうか?