焼きたてのパンに降りかかる悲劇
オダ カズヒコ
声をあげるべきだろうと思った
今朝はまるで空襲の後の
焼け跡の空に似ている
明るみに出ている
ニンゲンの論理
プラットホームに発着する
列車と時刻表と
疲れきった満員電車の
横揺れの鈍い動き
示し合わせたかのような
無関心が隣り合う
つり革の腕
一頭のヒグマが
JR学研都市線
星田駅で乗り込んできた
190センチ
200キロくらいはあるだろう
躯体を折り曲げ
面倒そうに隙間を開ける
女子高生とOL風の女の隙間に入った
彼の卑しいお腹の肉が
女子高生の顔の当りに来ている
クマはポケットから赤旗を取り出し読み始めた
しきりにハンカチで額の汗を拭う
時々の丸い指先で赤旗のページを繰り
知悉したような眼差しを周囲に向けるのだ
野生のクマに違いない・・
彼が街中に堂々といることに焦燥をおぼえた
容易に人間の中に溶け込み
そのアーモンド色の眼は
春空のようにしみじみと美しいのだ
ぼくは3年前に手放した
ヘンドリックを思い出していた
生きていれば彼くらい年頃になっているであろう
無くしたはずのものが
焦れったいほど世界を覆う
満員電車に揺れる
鉄製の吃音