◎ある日
由木名緒美

苔生した岩が目覚めの胸を押し潰す
浅瀬では精霊の呼び声がまだ響いているので
安らかに泉に潜り込む
カーテンの隙間から立ち昇る朝が角度を傾け
夢の泡を貫いてくる
惜しみながら深部を反転したのち
ようやく現の瀬を踏んだ

テーブルで一杯の水を飲むと
突然、透明な膜が全身を包み込む
それはあらゆる言語を弾き返す作用を持ち
宇宙へ放りだされるかの虚無感が襲う
私は瞬時に、全細胞に発熱を命じ
この空間の主が私だと証明しようと足掻く

膜の内にいる限り、会話も思考もままならないのなら
肉体は隙間風だらけの白骨と変わらないではないか
私は体の中に、世界を創る要石の場所を思い出す
その中枢には蔦がはびこり
飛蝗バッタが右往左往している

私は植物へと退行すべきか
素粒子となり新たな生成を汲みだすべきか
双子のように事物と量子もつれを起こし
開かれた手の平は天へと伸び
光はあらゆる生き物のうごめきを握らせる

野うさぎのくしゃみ/馬の嘶き 
    赤子の泣き声/同調心理の不協和音

それらが大きな渦を描いて
よりしろの体を奪い取っていく
私は感じているのか
否、虚無でいることこそが
感覚器官に授けられた礼節ではないのか

侵食を幸う異物が子宮に向かい這い登ってくる
新たな進化に向けて沢山の小さな鼓動が脈打つ感触を
腹の内に受忍する

そしてまた空白の時が訪れ、
肌は侵食された痣を残す
夜の星達が自我に合図を送り込むまで
静かに身を横たえ
私は精神の脱皮を待った


自由詩 ◎ある日 Copyright 由木名緒美 2014-04-12 15:02:17
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