心はいえない
オダ カズヒコ
蛙の鳴き声を聴くのが好きさ
ぼくの家の緑に囲まれた
窓からも
そいつらの逞しい声が
よく聴こえる
近所の公民館の植栽を
しっとりと彩る
ツツジの花や葉っぱも
田んぼについたジグザグの
トラクターの車輪や
キャタピラの痕跡も
蛙の鳴き声が
きっと染み付いている
そういえば
転校生だった
18年前の夏
ぼくはこの町に越してきた
夏休み
学校の廊下を
母親と歩いた
職員室の扉を開くと
おばさんが居た
担任の先生だった
どんな挨拶をしたのか
どんな顔をして
頭を下げたのか
今はもう
思い出すことはできない
空っぽの
夏休みの校舎
母親と歩いた廊下
むき出しなった太陽が
窓から燦燦と差し込む
2学期から君は
ここの生徒
時々記憶は
ぼくらをとんでもない場所へ
連れてってくれる
新宿の下宿に上がりこんだ
恋人と
はじめてのキスをした
4畳半の畳の上で
スカートの裾をしきり気にしはじめた彼女を
ぼくはぎゅっと抱きしめた
あぁ
新宿の街ん中
ここにもちゃんと蛙がいるんだ
裏庭でゲコゲコと
ツツジの花の下で
同じ泣き声で
ちゃんと鳴いている
女もきゅっと
ぼくの中でないていた
心はいえない
なく理由も
なけなくなった理由も
心はちゃんといえない