手紙
末下りょう


書き終わった手紙を読み返して捨てた
それを書き出すために書かれた一行がいかさまだった
さめたコーヒーを飲み干して
家並みに一滴、零す

静けさのなかを一台の車が走り去り、日付がカチッと変わる
失くし物がある、気がする
八月だったか
きみの瞳の色は覚えてる
きみの肌をひらく種子の色をしていた


肌寒い空気
きみからの手紙を読み返す
海辺ではぐれた子供の足の裏のような手紙を
だれかになろうとして明日を恐がったぼくを 、

きみは此処とはちがう海をみたいといった
だれかが鐘を鳴らし続けているこの町に火をつけて
手を繋いだら、一緒に逃げようと
きっと追いかけてくる者は誰もいないから
ふたりの手のひらの運命線が
重なり合い、燃えるような
鷲座が輝く
季節に


そしてそれは常に突然に書き出される手紙であり
助走もなく書き出された一行を 、
つぎの一行が連れ去る
悪びれることなく
きみは見通しなど気にせずに
起こるべくして起こることをただ認めながら
それがきみ自身の物語だったことを通り過ぎてから知る
目の端にわずかに捉えられたものをたずさえて


いつかすべてのことが明確になったような一行で書き出される手紙を
ぼくはきみに渡したい
それを読むきみの顔が、
そこから少しずつ消えてなくなってしまうとしても




自由詩 手紙 Copyright 末下りょう 2014-04-04 16:43:16
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