果てしなき鼓動
ハァモニィベル

夕闇の部屋 風がカーテンをそよいだ時

その影から 一人の白い女が突然あらわれると

英詩の邦訳は興を削ぐから嫌いなの

そう語りかけて まるで意味あり気に 背中を見せて振り向きざま 消えた

  *

わたしは英国へと女を追った。が、エリオットに会う前に意識が遠くなり

気が付くとフランスにいた それもかなり昔の 黄ばんだ仏蘭西の街に立っていた


最初に、ヴィヨンという人が、『逆説のバラード』をうたってくれた
礼を言って別れると、今度はロンサールが、『死のソネット』でぼくを迎えてくれたが
彼といちばん意気投合したのは、『エレーヌへのソネットーキスしてー』を褒めた時だった


だが、わたしは、白い女を探しているのだ


マルスリーヌという初めて聞く名前の女がそこにいた
帰ろうとすると、『エレジー』をうたうではないか
彼女を知るほどに好きになり、つい時を忘れて見つめ合った


その時、暮れ方に突如差し込む夕陽のように白い女の影が二人の間を過ぎった
炎が蝋を溶かしきる前に そうだ探し出さねばならない


見知らぬ街角で肩をぶつけたとき その相手は、ボードレールと名乗った
名前だけ知っていたその人と、語り合ってみて驚く これほど気が合う人間がいたのかと
その衝撃の親友は、仏蘭西を出たらポーを訪ねてみろ とそうアドバイスをくれた


だが、その前に、あの白い女はどこにいるのだろう
あの蠱惑的な微笑みは、今誰に向かってどこで咲いているのか


『鐘を撞く男』を介してマラルメという人にも会ったが、話が噛み合わず通訳がほしかった。
ヴェルレーヌのときは、ムッシュUEDAの通訳が入りその古い日本語がかえって判り難かった。
でも、『女と猫』のことや、『詩の作法』まで、なかなかの語り口で私を感心させた

そのすぐ横に 有名なランボーが座っていて はじめて話したが、叩きつけるような話ぶりが面白かった
尻の話の方は勘弁してもらったが、「俺の心臓が涎をたらしてる」と気弱な面も見せた

夜になった。酒場で、『消え失せたワイン』を惜しむ男に声をかける。ヴァレリーである
運命の女神について何か言うのだが、じっくりと聞いている時間がなかった
残念ながら、ここでフランス語を極める時間もない


わたしは、ずっと、あの白い女を忘れていなかった
はやく、そう、早く探し出さねば


君にとってのガラを探してるのかな、そう言ったのは、エリュアールで、画家の作品を見ながら、
「隅っこの方では」と繰り返す口調や、鮮やかで簡潔な話ぶりに聞き入った。
旅もようやく終わりに近づいた そう直感した時に
わたしは念のため、もう一度、未だ見ていない路地へ引き返してみた


気は忙いてた。夜が更ける。もう会話するのはあと一人 そう決めた
足先も指先も、もう感覚がない。でも、わたしは、探すのを諦めはしない
おお、あそこで空を見上げている男がいる。よし、尋ねるのはあの男が最後だ


『雨が降る』かもな、そういった男はアポリネールで、探しているその女も雨粒のひとつさ、
いや『病める秋』が、惜しまれつつ哀れに死んだこの季節には、雪かもな
白い女だから調度いい、そう言って笑いながら行ってしまった。


   *   *   *   *   *   *   
 *   *   *   *   *   *   

雪が降ってきた ふんわりとまるであたたかさそうに
舞い落ちるやわらかなそのリズムで

わたしの情熱と、夢の炎を、ゆっくりと眠りに着かそうと
やさしく肩を抱くように氷点下のやさしさを惜しみなく 

 ゆっくりと・・・ ゆっくりと・・・

真っ白に埋め尽くされてゆく道に

うつ伏せで倒れたまま、わたしは動けないカラダとともに白におおわれてゆく
白一色のなかに、瞳だけが輝きながら、冷たい雪のなかへ埋もれてゆく

辺り一面の詩と、
静かに降りつづくバラードを、
ただ瞳に映しながら

−意識は遠のいた――・・・・ ・・ ・




―突然、

パチッと跳ねる音 キーイキーイと軋む音

気づくと 部屋の中

暖炉の前で、ゆり椅子に揺れている自分

カラダを支えながらやさしく
心地よく揺れる、ゆり椅子

内奥からオレンジの炎が 狂おしく悶えて
熱く何かを語りかけるような暖炉

炎が私を見つめ続けていた


詩だ 


ぼくの詩だ

ぼくの詩が
暖炉の中で燃えている

誰だ! 誰かが部屋を歩く音


君は! 

わたしの瞳は煌めく

あの片時も忘れずに追い求めた残像がいま
現実となって瞳の中にしっかりと抱きしめられたのだ

白い女がそこにいた とうとう
姿を見ることができた

女はテーブルに軽く腰掛けると
どうして詩を書いてるの と訊いた

そして

徐ろに近づいてくる
答えようとする私を目がけて


天使が飛び立ち際、白い羽根を大きく広げるように
手に持ったナイフを高く振り上げた白い女は
思い切りぼくの心臓を突き刺した!


 *  *  * * * **** * * *  *   *


   <私>が、
        ―死んだとき

 ほんとうの<詩>が
         ―生まれた


はじめて動き出す

    僕のほんとうの ((((( 鼓動 )))))    



知らぬままずっと、心が翹望してきた感動
何も遮るもののない、この宇宙と共鳴する律動

力強く脈打つ無限に巨大な響きが
魂鐘(たまがね)をひとつ撞くたびに
ひとつの詩を生み零(こぼ)す


この激しい切なさを抱えたまま、

この凝固せぬ哀しみを熱く迸らせたまま、、

喘ぎ、 咽びながら、

    ・・・僕は瞑目つくのか

魂の産声を 何度も何度も、

内へ内へと叫びながら、

   ・・・僕は瞑目つくのか


 ――詩が


詩が、僕を生かしているのに
詩が、僕を生かしているのに
詩が、僕を生かしているのに

・・・・・・・・

誰も読まぬ

この詩が

僕を生かしているのに・・・





自由詩 果てしなき鼓動 Copyright ハァモニィベル 2014-03-24 10:23:46
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