母と消火器 など四編
クナリ


<イーゼル・ベーカリ>

イーゼルを看板代わりにした
街角のベーカリは通勤路
本日のメニューと季節限定
チョークは今日も鮮やかで

意外と個性の出るもので
あの人と彼女と彼と彼
誰が書いたのかってくらい
毎朝見てればすぐ分かる

たいていあの人が書くけれど
お休みしてれば他の人
あの人がイーゼルを飾った日には
私の昼食がパンになる。





<町の階段>
階段は、上るのがいい
上った先に何があるのか、見えないのがいい

もしかしたら、何もないのかもしれない
もしかしたら、そこは世界で一番高いところかもしれない
世界の先っぽかもしれない
その先に何もないかもしれない
何があっても不思議じゃない

上ってしまうまで、誰にも決められない
上ってしまうまで、他のどこにも行けない

もしかしたら、ようやく僕がいるかもしれない。





<耳>
耳を貸して

入りたいの。





<母と消火器>
今思えば、なぜあんなものが家の中にあったのか
おそらく、だまされて買わされたんじゃないだろうか
よく、そういう詐欺のニュースを見るから

赤くて重い消火器を
部屋の隅に立つ、意外に重いやつを
よく横倒しにして
ぐわんぐわんと音を立てた

なぜそんなことをしょっちゅうするのかと
そんなことをして何が楽しいのかと
何回倒した後にも
同じように叱っては
また元通りに直される消火器

もう倒したりしない
元に戻してくれる人が
もういないから

そんなことをして何が楽しいのかって
こんなにも楽しいことは他にないでしょう
あなたがいたのだから。


自由詩 母と消火器 など四編 Copyright クナリ 2014-03-20 21:21:47
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