楽園の鳥たち
ホロウ・シカエルボク
小さな世界のすべてが皮膚の上を滑り落ち床に僅かな痕跡を束の間残すころ狂気を孕んだ桑の実は庭で機会を逃していた、幼子の泣き声は無くてもいいもののように思えそれでも、鬱血した母親は張った乳房を晒して喰わせるのだ、天井の四隅に激しく真夜中が生きている、記憶の一番嫌悪な部分を転がりながら…三本足の野良犬が打ち震えながら結び目の緩い塵袋を振り回して解き人間様の食いかすを存分に味わうのが常な表通り、目も当てられぬ思いに辱められて売春婦が泣き崩れているポリバケツ、髪の毛からはかすかに小便の臭いがした、タクシーが肉食獣のような週末だから迂闊に車道の近くを歩くと噛み付かれて引き擦り込まれる、行き先を示すランプはいつまでも絶望だけを灯すだろう、ほら、御覧よ、車道の南側に大きく抉れている箇所があるのが判るだろう、あれは先週人間の身体についていたベルトのバックルがやったのさ、製造工場のような音を立てながらね…酷い有様だった、隠しておかなければならないものがすべて週末の街路にぶちまけられてまるでこの世で一番おぞましい花火みたいだったよ、すべてが片付くまで片時も目が離せなかった、悲鳴を上げ続ける人たち、携帯電話で撮影する人たち、間抜けな電子音がどれほど不釣合いだったことか!巻き込まれたのはどこかのロックバンドで歌っていたというまだ若い女の子でね、そこそこ人気があったらしいよ、巻き込んだのはどこかの配送会社の二トントラックで、六十時間連続勤務の挙句に居眠り運転しちまったそうだ、たまたまそんなことになったんだって、記者会見で配送会社の社長はコメントしたらしい、本当かどうかなんて知ったこっちゃ無い、心にも無い言葉がこの街の連中の大人の証さ、赤ん坊は眠った、母親も眠った、運命を呪いながら―そこから少し離れた通りじゃ数年ごとに誰かが死んでるカーブがある、過去には禁忌が破られていた場所だという噂がある通り…ふざけてアクセルを踏み込む連中が今年あたりまたとんでもない有様になるだろう…子供のころにそのカーブの近くの川で水死体を見たんだ、パンパンに膨らんでいて酷い臭いがした、数日経ってそいつが着ていたシャツをどこかで見たことがあると思い当たってそれが同級生であったことに初めて気がついたんだ、容姿なんか判る状態じゃなかったからね、人間と同じ構成をしているということぐらいしか―そこから南にちょっと走ると大きな公園があるんだ、安らかな銀杏の木がたくさん植えられていて、昼間には園外保育の子供たちやただ幸せに生きてきたっていうだけの老人たちで牧歌的な雰囲気を漂わせている、だけどひとたび日が暮れたら異常者どもの巣で、股間を膨らませた女装の男色家や腕をぼこぼこにした中毒者なんかで溢れ返る、彼らが注射器に水を入れたり肛門を洗浄したりした水飲み場で昼間子供たちは遊びすぎて乾いた喉を潤しているんだ、なにが蔓延るのかなんて誰にも判りはしない、どんな子供が生まれるのかなんて…時にはすべての実が腐って落ちることもある、辺りには不快な臭いが立ち込める、死や腐敗で溢れているからこそ神経症的にこの世界は美しいのだ、みんな血眼になってそいつを隠すからさ、乾杯しよう、汚染血液の染み込んだドレスデンベッドに、乾杯しよう、錆びた鎖に繋がれた飼犬どもの見るも無残な皮膚病に、乾杯しよう、致命的に不衛生な針の曲がった注射器に、乾杯しよう、歪んだ性格の性器に、乾杯しよう、車道の派手な窪みに、乾杯しよう、闇の底で眠る母親に、乾杯しよう、餌に喰らいついたタクシーに、乾杯しよう、乾杯しよう、この死が生まれる土曜日の午前に、乾杯しよう、乾杯しよう
飲み干したのはお前自身の深層にある体液さ、吐き出したらきっとそこで終わってしまうぜ…