春がくるまえに逃げよう
ユッカ

あるうららかな昼下がり、きみはインターネットにあげていたイラストを全部削除して旅にでたんだ。ほんとに消したいものは他にあったんだけど、それはマウスでどんなに上手にクリックしても消せる代物じゃなかった。有り金ぜんぶポケットにつっこんで、バスで行けるところまで行こうとした。でもよく見たら財布には740円しか入ってなかったから、920円で行ける終点にも届きやしないんだ。

(ああ、どっか行きたいなあ。テレビの音が聞こえないところに。グーグルマップじゃ見えないところに。どっか行きたいなあ。)景色がよく見えなかったから窓ガラスをぬぐったけど、曇っていくばかりだった。ずるずるともたれかかったせいで、おでこが濡れる。ほっぺたばっかりあったかい。(きったねえ涙。)お客さん、どこいくんですか? 予備校に行くんです。はい、長野市の。今時の若い子はバスなんて乗らないからね。めずらしいね。バスの運転手さんはそうやってよく話しかけてきてくれて、きみはそのひとが好きでよく喋ったけど、何を話したかはおぼえてないね。ただ、よくお菓子をくれるから、いいひとなんだろうなと思っていた。いつもバックミラーじゃ見えないところに座って、声だけで打ち明けるんだ。どっか行きたいんです。どっか遠くに。へへ。

きみはね、ほんとは脇目もふらずに走りだしてもよかったんだ。何も持たずに山に入ってしまったってよかった。それなのに帰り道を残した。バスから降りてアスファルトの上を歩いた。それが愛の証明だった。でもなんかもう、つかれてしまって。引き返すにはあまりにも遠いところまできてしまって。でも行き倒れるのにはセブンイレブンが見えてるし、おなかもすいたから、残ってる小銭80円で何買えるかなとか、いっそ神隠しにでも遭いたいなって、そんなことをぼんやり、吐きそうな顔して考えている。


自由詩 春がくるまえに逃げよう Copyright ユッカ 2014-03-13 22:51:24
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