ストーリーテラー

夕陽へ向かう電車の中、女の手を見ていた。

窓際に座る、若い女の手だった。

「今さっき月を砕いてきたの」と手は語った。

それほど、白く、強く、内側から光っていた。

青い血管は、空や海や、まっすぐな夏の朝を思わせ

静かに清らに、私の頬に温度を運んだ。

手は、時を止めながら自分だけ息づいていた。


――― 良い聖母(はは)になるかもしれない。

それとも、もうそうなのかもしれない。


夕陽に照らされ、手はいよいよ美しい。

音を失い、レールと車輪の摩擦がひどく滑稽だ。

この手の意思は、世界で最初の感情である。

愛は美しいのか、美しいから愛なのか

手は気にしていない。


子供の頭に
夫の背中に
月の破片やら愛やらを埋め

与え続け、
与えられ続け、

果ては聖母(マリア)の手かもしれない。

一番幸福な手かもしれない。



―――ところで、私の手は鉄の匂いがする。
感情を殺してきた匂いがする。


 見えない血に濡れた金銭的な手 ―――。


目をつむり、腕組みをしたまま

私は、少し窓際に傾いた。


摩擦音がすぐそこまで近寄っていたのも知らないで。


自由詩Copyright ストーリーテラー 2014-03-03 23:31:08
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