春とバナナとシーラカンスの速さ
こうだたけみ

やっぱりシーラカンスは
水の中でじっとしている
静かな静かな海の底
エンジンが故障しているからだ

 わたくシの計算したところによりまスと
 マグロの三十倍ぐらいのガソリンを
 こやつは必要とするのでありまス
 マグロの三十倍ぐらいの回転速度が
 が、しかシ、

そもそもエネルギーが足りないの
朝食は何でもいいから食べなさいと
バナナ一本でもいいからと電話口の母は言うが
いったいバナナなんてどこにあるんだ
上になったり下になったりして
もっとゆるゆると過ごしていたいのに
電話が終わるのを待ってもくれない
近頃はせかせかしてばかり
そうか
もう二人でなくてもいいということか

風が
強く吹くことが多い

なぜ何もかもせかせかと急いているのか
各駅停車が徐行運転するような
そんな速さでありたいのに
洗濯機の脱水が終わる間際の
そんな回転の速さでありたいと願うのに

週末の雨風で桜は満開の前に散ってしまう
花びらをビールで飲み込んだ春が行ってしまう
商店街を抜けようとせかせかと歩く後ろ姿
追いつけない
追いつこうとも思わない
私の顎が上がっているのは
猫背と鼻眼鏡と
隣の人との身長差の相乗効果だと
だったのだと
言い訳をする
シーラカンスでもそうするに違いない

 わたくシは故障などしておりませン
  わたくシは故障など、
   しかしエネルギーが、
    が、しかシ、シか、シかシかシか

だって地面に落ちた花びらはまるで
びっしりと魚の鱗みたいだから
地球ぐらいでっかいシーラカンスに乗っかって
季節はゆっくりと回転する
誰にも気づかれないくらいゆっくりと
自分さえも気づかないままに回転する


自由詩 春とバナナとシーラカンスの速さ Copyright こうだたけみ 2014-03-03 00:48:30
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