白いちり紙
服部 剛
片方の手を取って
九十歳のきくさんと
介護の青年は
デイサービスの廊下を
ゆっくり、歩く。
きくさんは、皺の寄った右の拳で
くしゃくしゃなちり紙を
握り締めている。
「それ、ごみ箱に捨てときましょうか?」
「駄目!これには思い出が詰まっているの…」
「え、どんな思い出?」
「それは言えませんっ」
頑ななきくさんの右手を解けぬまま
二人三脚の青年は、部屋に入り
きくさんの椅子までゆっくり、歩く。
翌日、お風呂介助で裸になった
きくさんはやっぱり思い出を、握っていた。
湯煙りの中、右の拳から覗く
きくさんの白いちり紙には
なにか、宿っているらしい。