鴉は生産工程を嗤う
ホロウ・シカエルボク


脳髄の軋むリズムが鼓動とリンクするので、心中に欠陥があるのだと気づいた朝早く、曇りがちな空に君臨する鴉は、街のずっと向こう、やってくる朝日を誰よりも早く眺めていた…ベルトコンベアーに乗っかっているみたいな勤め人どものラッシュ、射精された精子みたいな自転車の連中たち、赤信号はことごとく無視されてそれでも規則的な点灯をやめない、それがやつの宿命だからだ、そのために作られた物体だからだ、たとえどんなに意味を失くしかけていても…タフなゴムで出来たタイヤが夜のうちに堆積した静寂を巻き上げて空気が少しだけ霞む、人工物を吹き抜ける風は一層冷たく騒ぎ、街路はまるで社会を製造する工場のようだ、生産ラインに乗って様々な部品があっちへこっちへ、それ以上の意味なんてないのさ、誰も気づいたりしないさ、誰も傷ついたりしないさ、乱雑に築かれたものがそこにはあるだけさ、稼働をやめないものがいたるところにあり、振動し続けるものがいたるところにある、掃いて捨てるほどの連中が最も安易な戒律と幸福にかしずき、あぶれたものに簡潔なラベルを貼る、諸君、この世は簡潔なものだけで生きていける、姿の見えない指導者が空の上でそう囁いている、それは絶えず蠢いている彼ら自身の、簡潔なイズムの総意のようなものだ、掃いて捨てるほどの連中の…機能するんだ、プログラムにはそれだけが打ち込まれている、余計なことを考えなくていい、合理的かつスピーディーに、「誇りを持って」―脆いネジがひとつところに集められてバラバラと捨てられる、見ろよ、なんという青褪めたネジだ、でも祝福されている、祝福されて見送られている、おめでとう、おめでとう、最後まで幸せで頑張っておめでとう、加熱消毒滅菌されて彼らは土中に埋められる、判らなくならないように丁寧なラベルを乗っけられて…簡潔なネジの集団、大小長短様々あるが、溝の向きや数は企画によって定められ、それぞれの寸法にきっちり収まるようになっている、収まらないものははねられ捨てられる、でも中にはどういうわけか、何の問題もないはずなのにうまく収まらないという種類のネジがある、どういうわけだという話になるが原因が判らない、どこにもおかしなところはないはずなのに、絶対にそれは所定のネジ穴にすっぽりと収まることはない…周囲のネジたちは軽い混乱に陥る、こいつは一体なんなんだ?何が原因でここに収まらないんだ…?鴉は一番高い窓から、そんなネジどもの様子を楽しげに眺めている…何度かの季節が激しく入れ替わり、そんなネジたちもいくらか青褪めて、錆びてくる、そうした変化の中で、中にはきれいに収まるようになるネジも出てくる、居心地のいい場所にすっぽりと収まりながら、だけどそのネジたちはどこか、これで良かったのだろうかとか、少し遅すぎたのだろうかとか、ネジ山がそんなことを考えているような感じに見えるのだー中には、そこで方向転換した自分の判断に満足しているように見えるものもいる、ネジとして生まれて、ネジとして終わるというのはそういうことだ、と考えているように見える…脳髄の軋むリズムが鼓動とリンクするので、心中に欠陥があるのだと気づいた、スピードを上げるコンベアーは、滑落に向かって一直線に突き進んでいる、思考の入り込む余地のないシステムが行き着く先なんてハナから見えてる、誰だい、俺の脳天にドライバーを差し込んで無理やりネジ穴にはめ込もうとしてるのは?よしてくれよ、ネジ穴が潰れちまう…強引な真似をしたら芯だって曲がりかねないぜー収まるべき穴なんて探してない、落ち着く先なんて必要ないんだ、あてがわれたものに満足なんかしない、老い先が短くなろうが同じことだぜ、必要なことを必要なだけやるのさ、幸せにも満足にも興味はない、俺が欲しいのはただの実感なのさ…。




自由詩 鴉は生産工程を嗤う Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-02-26 22:43:37
notebook Home 戻る