配慮
Lucy

都合の悪いことや
不快なことは
予め伏字にするという
配慮が
いつからかこの国では
行きとどいているので
よほど気をつけていなければ
事実は見えない
まして
事実を都合よく見誤ろうとする試みは
たやすい

そして車内はあたたかく
座席は座り心地がいいので
私はすぐに眠くなる

特急列車が急停止する
春先の山中では珍しくない
特に夜
初めて遭遇した時
車内放送はこう告げた
「ただいま鹿と衝突しました。
車両の安全を確認しますので、しばらくお待ちください」
そして数分ののち
「お待たせいたしました。
安全が確認できましたので発車いたします。」

跳ねられた鹿の事を想像して
少なからず嫌な気持ちになったのは
私一人ではなかっただろう

それから数年の間に
鹿は異常に繁殖し数を増やした
餌の不足する冬場は特に
樹皮や新芽をてあたりしだい食べてしまうので
森林や果樹園の被害が深刻であると報じられた

久々に特急宗谷に乗ると
駅を出た直後に放送が流れた
「線路内に野生動物が侵入し
急ブレーキをかける場合がございますので
予めご了承ください」

雪深い季節が終わりに近づくと
いち早く土の見え始めた線路沿いに
薄緑色の芽を出し始める
蕗のとうを食べるため
空腹の鹿達は群がり寄ってくる

「ただいま線路内に野生動物が侵入しました」
急停車するたび放送はこう告げた
「大変お待たせいたしました
異常がありませんので、発車いたします。」

異常が無かった
つまり衝突の危険は回避され
鹿は無事だったのだろうと
敢えて私は思った

何度目かの急ブレーキの後
私は車窓に顔を押し付け
カーテンで車内の灯りを遮って
外の暗闇に目を凝らした
すると白い鹿のお尻がふわり
ふわりと跳ねて
闇の奥へ吸い込まれていくのが見えた
一頭、また一頭
おそらく集団で線路を横断していたのだろう
列車がゆっくり動きだし
灯りのある所を通過すると
おびただしい数の鹿の群れが山へ向かって
次々に駆けて行くのが見えた

次の瞬間 雪の斜面に大きな鹿が
不自然な姿勢で倒れ
頭を下に向けたまま首をねじるように起こし
手足を虚しく動かしながら
おそらく川と思われる方へ
少しずつずり落ちていくのが見えた
それはたった今しがた
この列車にはね飛ばされた鹿にちがいない

「異常がありませんので発車いたします。
遅れましたことをお詫び申し上げます。」
静かに車掌の声がした

「運行に支障がない」ということと
「鹿の安全」とは関係が無い
遅れを取り戻し
目的地に定刻に着けるかどうかということだけが
この場に必要な情報だった

まして衝突した鹿が
瀕死でもがいておりますだとか
即死しましたとか
小鹿を連れた母鹿でしたとか
そんな情報は不要だった
死体は誰が片付けるのか
山中に放置されたまま
明日は鴉に食い荒らされるでしょうとか
そんな話は聞きたくなかった

乗った列車が安全に
定刻で運行している間は
それが何をひき殺そうと
はね飛ばそうと気づきたくはない

誰を置き去りにしようと
黙殺しようと関係が無い

ここちよい居眠りと
流れる景色と
ぼんやりと過ごすひとりの時間と
満たされる食欲と
くすぐられる好奇心と
笑顔の仮面を貼り付けた
うわすべりな人づきあいと

安全で快適な旅を続けたいと
私は心から望んでいた

よその国の内戦を報じたテレビのワイドショーが
食事の時間帯にむごたらしい殺戮の場面を
流したと言って
配慮に欠けると抗議した人々と
同じように













自由詩 配慮 Copyright Lucy 2014-02-25 23:19:41
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