アルバイトの備忘録
ichirou

【人間】
初めてのアルバイトは中学1年の冬休みだった。
親戚の雑貨店でのレジ打ちの仕事だった。
年末のある日、事件は起きた。
その日の昼食後、レジに戻ろうとしたら、おばあさんが
お茶碗を買い物用のカゴではなく、
自分のバッグに入れたところを見てしまった。
僕は咄嗟に「レジ、こっちです。」と言った。
おばあさんはしかめた顔でこっちを見て、
バッグからお茶碗を取り出してお店の床にワザと落とした。
お茶碗は粉々に割れて、おばあさんはこう言った。
「あらあら、かわいい店員さんがお茶碗割っちゃった。怪我しなかった?」

【不思議】
高校生になって友達と旅行に行くために日雇い労働のアルバイトをした。
素人の高校生2人に与えられた仕事は足場の鉄パイプや足場つなぎ等を運ぶ簡単な仕事だった。キツかったけど。
仕事が終わって日給をもらった。12,000円ももらった。
事務員さんに念のため、間違いじゃないことを確認した。
「あんた達も掃除のおじいちゃんもベテランさんもみんな同じよ。明日もがんばってね。」

【別れ】
大学生の時は世田谷のある町で毎週日曜日薬局のバイトを4年間した。
日曜日は子供連れのお客が多いので、僕は風船を50個ぐらい膨らまして、プラスチックの棒に留めて子供達に渡していた。
大学4年の最後のバイトの日、毎週来る女の子がいつも通りやって来た。
おばあちゃんと一緒に来るその女の子は3歳の幼女から7歳の少女になっていた。
照れ屋さんの女の子はいつも僕から風船は受け取らず、僕はおばあちゃんに風船を渡していた。
でもその日は、
「今日でバイト最後なんだ。元気でね。」
と言って僕は直接女の子に風船を渡した。
女の子は初めて僕から風船を受け取ってくれた。

【備忘録】
28歳の時会社を辞めた。
次の仕事が始まるまで1ヵ月間無職だった。
貯金通帳を眺めて ため息をついている同棲していた彼女を見て、バイトを探した。
見つけたバイトは深夜のパン工場の配送のピッキングだった。
配送箱の伝票を見て自分の担当しているパンを配送箱に入れる仕事。
仕事は単純だが、あおられるととても大変だった。
僕は人気のカニパンとクリームパンとメロンパンを担当した。
僕の後工程にはあんパンとうぐいすパンを担当していたS君がいた。
S君はいつも母親に半ば無理矢理に連れてこられていた。
S君はしょっちゅういなくなった。その度に母親がS君を連れ戻してきた。
いい加減頭にきていた僕はS君に言った。
「お母さんに心配かけたらダメだろう。」
S君はその瞬間に工場を出て行った。
しばらくしてS君はまた母親に連れ戻されてきた。
僕はS君に謝らなかった。またS君が逃げてしまいそうな気がして。
その代わり僕は次の日からS君を観察してS君がいなくなるキッカケをメモした。
1週間も経つとそのメモは概ね完成し、内容は僕の頭の中にすべて入っていた。
メモは備忘録になっていた。
キッカケは12種類あった。
中でも多かったパターンはあんパンが10個以上伝票に書いてあるときだった。
そんな時僕はS君があおられないようにラインを堰き止めた。
S君はその間にちゃんとあんパンを入れていた。
僕は主任に備忘録を渡した。
翌日S君の担当はあんパンだけになった。
それからS君はラインから逃げなくなった。

今でも僕はそのパン工場のあんパンをたまに買う。









自由詩 アルバイトの備忘録 Copyright ichirou 2014-02-25 23:05:38
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