満月みたいな街
ユッカ

舗装された道のうえでぼんやりと月を見あげた瞬間、
すべてが間違いのようになってしまった気がした
ムリに泣こうとしても何もでてこなかった
きっとひどい顔をしていた
夜なんだから照らさないでくれればいいのに
安全と安心が神話となったこの街では、
そんなクレーム、誰もとりあってはくれないだろう

何も今夜がはじめてのわけではない
あたしの生まれる前からこの街は間違っていて、
今更、取り返しなどつきようもなかった

安いイヤフォンからなぐさめみたいに響いてくるラブソングは、「愛は世界を救う」と言うし
ポストに勝手に入ってるチラシは、ピザの写真の隙間から「死んでしまったひとにもう一度あえます」と言う

バカバカしいよね


こんなすべて嘘みたいに聞こえる夜には、
きみのかなしい話が聞きたくなる
あの細くて暗い声で
いつまでたっても要領を得ない話を
あー、とか、いー、とか言いながら
つづけてほしい

愛は世界を救うかもしれないけど、
あたしたちのことは助けてくれないね
この前、玄関で待ち伏せてた女の人、繰り返しあたしに聞いてた
「つらいことはありませんか?」
どこかかゆいところはございますか?みたいな調子で言うから
「かゆいけど、どこがかゆいのかわかんないんです」
と思って、思うだけで、無視してドアを閉めたよ

きみの話を聞くのは、欠けていく月を見るようでたのしかった
同情とか憐憫とか、そういう類いの感情はなかった
ただ、いつも澄ました顔して座ってるきみの声がみだれるのは、電話越しで
あんな風にさ、この世に大変なことなんてなんにもありません、って顔してるきみが
真夜中になると電話かけてきて、つらいとか、くるしいとか言うたびに、
あたしの中の何かを見透かされたような気になって、落ちついたんだよね

きみはあのときよく、うつくしくなりたいと言っていたよね
それで今度はあたしのことを、きみは揺らがないからうつくしい、とか言うんだ
でもそう言って震えているすがたはあたしをぐらつかせる
こんな夜の道路の真ん中で
きみの不安、きみの妥協、きみの怠惰、それはただただ正しくて
その正しさゆえにきみは弱く、間違いなくうつくしかったから


自由詩 満月みたいな街 Copyright ユッカ 2014-02-23 18:00:58
notebook Home 戻る