ただそれだけのこと
そらの珊瑚

スーパーで並んでいたときのこと

小学校一年くらいの男の子が
母親とおぼしき人に
何やら言いに行ったかとおもうやいなや
ばしっと音が響きわたるほどの勢いで
頭をはたかれた

理由はわからないけど
その女の人はしばらく怒りの言葉を吐いていた

男の子は泣かなかった
代わりに
そうするしか他に術がないかのような
うすらわらいのようなものを浮かべていた

ただそれだけのこと
ただそれだけのこと
わたしはただそこに居合わせただけなのだ
見ず知らずの親子のことなんて
忘れてしまおう 明日には
そんなの簡単だと思っていたら
楽しいことや嬉しいことには
たちまち羽が生えてきて
飛んでいってしまうくせに
男の子には一向に羽が生えてこなくて
だから今朝だって
取り残されて汚れてしまった
北向きの残雪を見て
なぜか思い出しては
ばかみたいに悲しくなる

春が来るまで
あのスーパーには行きたくない
それまで
――ただそれだけのこと と
はたかれた痛みにも
いつか羽が生えてくる(ような気がする)
おまじないを唱えていよう


自由詩 ただそれだけのこと Copyright そらの珊瑚 2014-02-22 08:37:07
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