温泉旅行
藤原絵理子

ひとまわり大きくなった太陽が
西の水平線に沈んでいく

この海はどこへでも繋がっている
海岸には奇妙な文字が氾濫している
塩化ナトリウム水溶液で繋がっている
巨大な電池だって作れる

温泉に漬かると
湯面をクロールで水虫が泳いでくる
向こうで漬かっている
おばさんの体に飽きた連中だ

そのうちの何匹かは
硫化カルシウムに取り憑かれて溺れ死ぬ
あたしの肩に泳ぎ着いた水虫は
どこか狭い隙間がないかと探す

お刺身にへばりついた田虫は
ワサビオールにやられて死んだ
わさび醤油に浸した瞬間
奇妙な言葉の断末魔を絞り出した

浸透圧で破れた田虫の細胞から
細胞質基質が漏れ出し
どろどろとミトコンドリアやリボソーム
ゴルジ体や核が泥酔した女のゲロみたいに出た

田虫のミトコンドリアと核は
蛍光灯にぬらぬら光りながら
ヒラメの細胞に入り込んで
新鮮なお刺身を一段と美味しくした

「のんびりするわねえ」
「もう一回漬かってくるか」
あたしはキンカンを塗りながら
ペストでなくてよかった と思う


自由詩 温泉旅行 Copyright 藤原絵理子 2014-02-18 22:16:37
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