新作衣装の発表会 『羊・遅延』
ps.
ぼくはきみの芝居を観に行くと約束をした。流行の街の古びた小屋で行なわれる一人芝
居。友人から借りたハンディカムできみを撮るよ、とぼくは言った。しかし、ぼくのから
だは血糊で汚れていた。何度も落とそうと試みたが、それは石に問いかけるかのような行
いだった。何か別の方法が必要なのだろうけど、思いつかなかった。ぼくはなるべく皮膚
の出ないよう服を着て、手袋をはめ、マスクをつけた。ぼくはぼくを隠した。いや、ぼく
を作り出したのだろうか。いくつかの電車を乗り継ぎ、会場に着くと、申し訳ありません
と言いながら、座席の後方に三脚を立て、その上にカメラを置き、画角を決めて、カード
をセットした。開演時間になると、幕が上がり、きみの元に光が届けられた。
わたしはあなたを待っている。男だったり、女だったり、そんな風に見えるものが音楽
に合わせて、炭酸の泡のようにひとつ、またひとつと、弾けて消えている。よく見ると、
それらはわたしの名前や、あなたの服装や職業に似ていた。弾けてしまった名前の代わり
にわたしはわたしをAと名付け、あなたをBと名付けた。1+1=2というのは数学的問
題に答えたに過ぎない。AとBは違うから、きっとあなたは遅れているんだろう。Aは映
画を観るようにBの夢を観ている。牧場で暮らしている羊はなんと鳴くのだろう。メー、
メー、なのかな。それは山羊かな。いや、同じか。Bは三時のおやつを食べている羊達に
混ざり込み、牧場主に毛を刈り取られながらメー、メー、と鳴いてみる。向かいには、黒
い塔が建っている。Bは羊と同じで、風へと消えていく鳴き声は、人としてのあなたの抜
け殻のようで、あなたは羊で、羊は人だった。羊は街へと運ばれ、白く、黒く、黄色く、
からだを塗られて、埠頭の倉庫に保管されてる飲料水みたいに列車へ積み込まれていった。
草を食べているのは羊だった。いや、山羊か。メー、メー。終点に着いた列車から、ぞろ
ぞろと追い出され、鳴きながら、焼きあがったばかりのパンみたいなお面をつけて、文字
みたいに並べられた。ピーッと笛の音がして、Bはあなたを脱ぎ捨てた。でも、それは抜
け殻だった。Bは羊のままで、『数字みたいに並べられた。』と『ピーッと笛の音がして、
』の間に書かれた文章を消した。クリックして、引き延ばして、バックスペースを押して、
刑を執行するみたいに。夢の終わりに、音楽がいまいちだったね、とAはBに告げた。良い
かい、忘れちゃいけないのは、他人はいつも遅れてやって来るんだってこと。じゃあ、最
初に訪れるものは何? それを映すことはできない。もちろん、書くことも。
舞台は暗転して、架空の銃弾が三発打ち込まれた。再び、きみに光が戻ってくる。きみ
は「か」と「ら」と「だ」に分かれていて、文字の間から赤い液体が流れ出していた。そ
れが本物だったのか、偽物だったのか、ぼくには分からなかった。録画した映像を再生し
てみても、やはり分からず、きみの音声はぼくのどの部位にも響かなかった(若者の振り
をするのにも、髭を蓄えて眉間に皺を寄せるのにも、しっくりこない歳になって学んだこ
とが少しだけある。後ろ姿が魅力的な女性の正面はだいたい残念だっていうことと、夜の
お店は他人の金で行くべきだってことの、このふたつ)。