ガトー・ショコラ
千波 一也


かわいい皿と
小さなフォークと
まるいグラスに注がれたソーダ

ひとり暮らしの彼女の部屋には
見慣れぬ物が多すぎて
しばらくキョロキョロ

彼女はせっせと
ガトー・ショコラなるものを
切り分けていて
揺られる髪が
いい香りだ

オレはというと
オトコ臭くないだろうかと
急に
妙に
気になりだして
後ろを振り返るふりをしたり
必要以上に下を向いたりして
そっと確かめている

はい、どうぞって
彼女が切り分けたガトー・ショコラ
美味しくないかも、とか
失敗したかも、とか
言い訳がましくないから
彼女がすきだ

はい、どうぞっていう
物の言い方がすきだ

なるほど
このスイーツには
粉雪のように砂糖らしきものが
まぶされている

黒一色では芸がないから
とはいえ
白の一色を足すだけで
こんなにも風情があるとは思いもよらず

ケーキ屋さんに行くことはあっても
決して買うことのなかった
ガトー・ショコラ
それゆえ
その名もいましがた認識したばかりの
ガトー・ショコラ

たぶん
生まれてはじめての
その味わいは
正直なところ
チョコ味のケーキ、だったけど
ガトー・ショコラっていう響きが
その感想を巧みに高めた

ずるいと思った
とんだ知能犯だと思った
これがいわゆる小悪魔かと思った

オレのなかで
こう、やわらかいものを
ギュッてしちゃいたくなる
あの衝動が
かわいすぎる子猫や子犬を見たときの
憎悪にも似た
屈折した愛情のあの衝動が
込み上げてきたから
ごちそうさまを言おう
爽やかに

ありったけの演技力で
ごちそうさまを言おう

そのあとはたぶん
わかんないくらいに
素直に
正直に
真直ぐになるしかないはずだから、ね







自由詩 ガトー・ショコラ Copyright 千波 一也 2014-02-14 21:37:29
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【きみによむ物語】