春の源になれ。
時子


昔、ちょうど今くらいの季節だったかな。

クラスに石川っていうのがいてね。嫌な奴でさ。
ちょっと小太りで、狡賢くて。
運動は苦手だったんけど、
人を馬鹿にして笑いをとるような奴だったんだ。


いや、石川だけじゃないかもね。
中学時代あの頃は、実は誰もがそうだったんじゃないかな。
自分意外を下げることでしか自分を表現できない。
そういう悲しい時代だったんだと思う。
もちろん、私も含めて。


それはさて置き。わたし達二年二組の教室の後ろには、
クラス全員の名前がダーっと書かれた紙が貼ってあってね。
先生が生徒の名前を呼ぶときに使うんだけど、
男子が走りまわるたんびに、四十人の名前がすきま風と一緒になってピラピラしてたんだ。


それに目を付けた石川がさ、
「なぁなぁ、見ろよこれ!」
ってクラス中に喚くもんだから、
「めんどくさいなぁ」って思いながらも、
やっぱり私もそっちを見たわけです。


その頃、石川の取り巻きの一人に滝沢っていうのががいてさ。
通称タッキー。
タッキーは勉強はソコソコだけど、サッカーが得意で、お調子ものでさ。目がちょっと薄茶色で、ハーフみたいな。
なんと言うか、ちょっと女子から人気の男子だったんだよね。
そのタッキーが真っ赤になって、石川に
「やめろよ!何してんだよ!」
って必死になって叫んでんの。


何かと思ってたら石川がさ、
教室の後ろでピラピラしてた紙のうち、
タッキーの名字と私の名前が書かれた紙をくっつけて遊んでたんだよね。
石川の手の中で1つになった、

「滝沢」と「瞳」

タッキーが女の子になっちゃったような、
私がタッキーと結婚しちゃったような、
憧れの男子と両想いになっちゃったような、
不思議な感覚だったのを覚えている。


紙を取り返したタッキーは石川をポカポカ殴った。
そして、なんにも言えない私を見て、怒ったみたいに言った。



「そんな冷たい目でオレのこと見るンじゃねーよ」



*


あれから10年以上たった今でも、鮮明に覚えてる。
おかげさまで、何かを見つめるのが、今でもちょっと怖い。
冷たい目で見てるんじゃないかって。
そういう風に見えるんじゃないかって。


先日の立春に降った大雪は、
道路の隅っこに今も冷たく光っている。
びしょ濡れの道路は、見えない塵を洗い流していく。

なごり雪と一緒に、
私の冷たい瞳も溶けてしまえばいい。


涙となり、どこまでも透明な水となり、

春の源になれ。


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散文(批評随筆小説等) 春の源になれ。 Copyright 時子 2014-02-13 11:23:49
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