ぼくがそれをやりたいわけは
ホロウ・シカエルボク



確かな思いがあるわけじゃなかった
行きたい場所などとくべつなかった
ぼくがそれをやりたいわけは
ぼくがそれをやりたいわけは


教会の階段に座って、ブルース・ハープを吹いていた、サニーボーイみたいなやつさ
朝から晩まで吹き続け
しまいにゃ神父に追い払われた
隣人を愛してる人にだぜ?
おかしいだろ
おかしいのさ
この世はおかしなことで溢れてる


街を歩いていると、むかし好きだった女の子に出くわした、綺麗だった白い肌はすっかり荒れて、まるで、砂漠に転がってる岩みたいになってた、「人生ってそういうもの、人はみんな変わっていくのよ」って、彼女はそんな風に言ったけど、ぼくにはむしろ彼女が、まるで変わっちゃいないんだって風に見えたのさ
ねえ、この世はおかしなことで溢れてる


十六を過ぎた頃だったかな、朝早くからバス停に腰をかけて、南へ向かう長距離バスを待っていたんだ、とにかく流れを変えたくてさ、生まれた街を離れればなんとかなるって気がしてた、南に何があるのかなんてこれっぽっちも知らなかった、そんなこと少しも重要なことじゃなかった、ぼくはボヘミアンを気取って、まだイビキをかいてる父と母に心でさよならを言ったのさ、血は繋がってるけど話は通じなかった、話が通じないのなら一緒にいる意味はなかった、一度だけどこかの街で、ぼくを探して旅をしているらしいと聞いた、懐かしいという気持ちすらなかったけれど…それは確か二十歳の頃で、鐵工所で働いていたんだ、鉄板を形に嵌めてくり抜いたり折り曲げたりね、キツい仕事だからしたくなかったけど、身元の怪しいぼくを雇ってくれたのはそこだけだったから我慢して働いてたんだ、そこで仲良くなったヤツが頭を一瞬で潰すまではね


それからぼくは荷物をまとめてまた逃げ出した、お金がたくさん溜まってたから最初の旅のようなひもじい思いをすることはなかった、あんな思いをするのはもうこりごりだった、あんまり人に言えないようなこともせざるを得なかった、とにかくそれからゆっくり探したんだ、あちこちを回りながらね、だけど厄介なのはその頃になっても、何を探して彷徨ってるのかまるで判ってないってことだった、うろうろしているうちにいつのまにかぼくは三十を超えていた、あの時はずいぶん悲嘆にくれたものだ、ビートルズだってそんなこと歌ってたしさ…


でもそれからが楽しかったんだ、その頃はずいぶん寒いところに住んでて、女の子と一緒だった、そんなに可愛い子じゃなかったけどとにかく寝るのが好きな子で、具合のほどは申し分なかった、働いてない時間のほとんどはほくたちはベッドにいた、そんなことしてたら当然赤ん坊だって出来るよね、「お腹が大きくなる前にウェディング・ドレスが着たいわ」なんて彼女が言うものだからそれもいいかと思ってぼくたちは夫婦になった、貧乏だったからお手製の式だよ、借り物の上着、友達が縫ったドレス…なんて歌あったけど、だいたいあの通りさ


ぼくらは特別ケンカもせずに、相変わらずやってばっかりで、そりゃもちろんいつでもってわけにはいかなかったけれど、おおむねうまくやっていた、いつのまにか迎えた四十の誕生日に、押入れを整理していて昔吹いてたハモニカを見つけた、吹いてみるとかすれたけれどそんなにひどくはなかった、すぐにコツは思い出した、ぼくは一曲吹いてみた、三人目を身籠ったかみさんがやってきてそれどうしたのと聞いた、「昔吹いてたんた、押入れの奥から出てきた」とぼくは言った、「そう」とかみさんはにこにこした、かみさんはすぐににこにこするんだ、「ねえ」とぼくは言った、「そいつが生まれたらぼくの生まれた街に行かないか」かみさんはにこにこしながら、「いいけど急にどうしたの?」「吹いてるうちに思い出したんだ、むかしのことを」いいわね、とかみさんは笑った、彼女はむかしの話をしない人だった


そうして里帰りしたぼくたちが見たものは、荒れ果てた生家だった、狼狽えたぼくは馴染みの顔を捕まえて家のことを聞いてみた、彼の意見は冷たいものだった、「きみが悪いんだぜ、音信不通でふらふらして…」二人は墓に入っていた


ぼくは墓の前で、黙ってずっと立っていた、かみさんが優しく腕を取ってくれていた、それがなければ気が狂いそうだった、ぼくは何を探していたんだろう、初めて自分の人生が鉛となって伸し掛かった、「出来るだけ早く」とぼくは言った、出来るだけ早く、「出来るだけ早く、この街に越してこよう、あの家を直して、住めるようにしよう、子供たちもみんな連れて、この墓にもう一度来よう」いいわよ、とにこにこしながらかみさんは言った、「わたしにはふるさとなんてないから」


それから二年が経って、ぼくは父さんが座っていたソファーに腰掛けて、ある日曜の午後の窓を眺めていた、確かな思いがあるわけじゃなかった、行きたい場所などとくべつなかった


ぼくがそれをやりたいわけは




ぼくがそれをやりたいわけは



自由詩 ぼくがそれをやりたいわけは Copyright ホロウ・シカエルボク 2014-02-13 00:48:35
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