美しい薔薇も見ないで
ハァモニィベル
背中に一本の薔薇を生やした猫が
窓辺に座って、ずっと外を見ていた
一度だけ晴れてみたいという
空の悩みを聞いているのか
目の前の邸宅の主人のハゲ頭の上に
苔むした狡猾を笑っているのか
隣から聞こえる奥さんの叫び声
「戦争は嫌よ!散らかるじゃないの!」
そんな好戦的な怒鳴り声を聞いているのか
いったいお前は何を見ているというのだ
背中から伸びた緑の茎には葉が開き、
その先端に美しい赤い薔薇を咲かせたお前よ
いったいお前は何を見ているというのか
理性が風呂でポテトチップを食べていても
顔を知らない同級生がインターホンを押していても
お前は背中に薔薇を一本突き立てたまま、ずっと外を見ている
向こうに幽かに見える黒染んだ灰色の
絞首台のある病院に死の予約を待つ行列を見ながら
その無数の人生1つ1つを、作品として鑑賞しているとでもいうのか
ならば、一輪の薔薇を背負った猫よ
友情の手触りをおしえてくれ
愛情の匂いをおしえてくれ
即興の颯爽が高飛びの棒を折り
脂ぎった憐憫と、笑うような陽射しに犯されたあとで
雄弁な聖母が差し出す紛い物の冷たいぬくもりを
吸い取って膨らんだ虚無の裏側で同情に凍えて
萎び果てた憂鬱は過呼吸にのたうつ
慎ましく縮れた未来に踊る脛毛のように
*
一輪の薔薇を背負った猫よ
いったいお前は何を見ているのだ
*
通りで道に迷うチューハイに酔った地理学者の
妻への垂れ下がった無関心 そして
その妻が向ける夫への吐息の爪か
それとも、頑張りすぎた恋物語に傷ついた少女の
悲観する爪先が叫ぶ金切り声の躊躇か
それとも、乳母車に乗った少年兵の
文字数の足りない憤怒の小銃か
*
一輪の薔薇を背負った猫よ
窓辺でいったい何を見ている
*
歴史が吹き飛ばしたものか
それは腐敗する前の肉親たち
埋葬した呵責を上書きする垂れ流しの癒し
焦げた絨毯の上で孵ったのは、
バーコードで分かち合う飢渇した豊穣
*
嗚呼、猫よ。薔薇を背負った猫よ
どうして薔薇を背に負ったまま
盲目の夜をまえに、盲目のおまえは
ずっと外を眺め続けているのか