Fly Me To The Moon
大覚アキラ

眠るのが恐くなりました
夢を見なくなったからです
夢のない眠りほど
恐ろしいものはありません

眠っても
眠っても
一向に夢を見る気配が無いので
仕方無く眠ることを諦めました

あたしが夢を見なくなったかわりに
きっとアンタは
あたしの分まで夢を見ているんでしょう
あたしの知らないどっかのだれかのベッドで
あたしのことなんかこれっぽっちも思い出さずに
あたしのことなんか夢にも見ないで

ねえ
電話してもいいですか
眠るのが恐いの
一人で眠るのが恐いんじゃないの
夢を見ないで眠るのが恐いの
だから
ねえ
電話してもいいですか

馬鹿だなァまったく
なんて言いながら
アンタはきっと
まんざらでもない様子でやってくるの
真夜中の中央大通を
空気の抜けかけた自転車で
全速力で息切らしながら
きっと
アンタはやってくるの

いつの頃からか
大人たちの時間であるはずの真夜中は
得体の知れないルールで縛られるようになり
煙草一つ自動販売機で買えない世の中になって
おかげであたしたちは
蛾のように
亡者のように
深夜のコンビニの灯りを目指して
フラフラと歩かなくてはならなくなりました

きっと
アンタは自動販売機に
さっきまでテレビで観てた
K−1選手のマネして
重いミドルキックの一撃を食らわすの

きっと
アンタはあたしの手を
さりげなく握って
照れ隠しに乱暴にその手を振り回しながら
鼻歌でFly Me To The Moon歌うの

きっと
アンタはコンビニで買った
アイスコーヒーの缶
プルトップ開けて
あたしに渡してくれるの

きっと
アンタは信号待ちの一瞬に
ぼんやりと車のテールランプ眺めてる
あたしの唇に
ついばむようなキスをしてくれるの

運転手さん
7つ先の信号まで
どの車よりも速く
ブッ飛ばしてくださいな
この
中央大通なんていう
何のひねりもないネーミングの
無機質な道路を
アスファルト抉り取るみたいに
白煙上げて
ローギヤからトップまで
メーター振り切れるほどブン回して
その数秒間に
運転手さん
あなたの人生の残り全てを凝縮して
あたしに突きつけてみてはくれませんか
そしたら
あたしは
運転手さん
あなたを
あたしの
アンタにしてあげてもいい

馬鹿だなァまったく
なんて言いながら
運転手さんはきっと
まんざらでもない様子でアクセルを踏むの
真夜中の中央大通を
ちょっとくたびれたタクシーで
全速力で白煙上げながら
きっと
運転手さんはブッ飛ばすの

知ってるの
そう
ホントは
もう
アンタが
どこにもいないってこと

電話をかけても
メールを送っても
手紙を出しても
電報を送っても
狼煙を上げても
伝書鳩を飛ばしても
テレパシー飛ばしても
アンタには
もう
なにも
伝わらない
あたしの
この
ため息ひとつさえ
伝えることも叶わない

運転手さんゴメン
このまま高速道路に乗って
神戸辺りまで
どの車よりも速く
ブッ飛ばしてくださいな
あの
3号湾岸線っていう
ちょっとドラマみたいなネーミングの
無機質な道路を
アスファルト抉り取るみたいに
白煙上げて
ローギヤからトップまで
メーター振り切れるほどブン回して
その数十分間だけ
運転手さん
あたしに夢を見せてはくれませんか


自由詩 Fly Me To The Moon Copyright 大覚アキラ 2005-01-16 13:41:13
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