よせて あげて
末下りょう

いつもは飲むより食うのが得意なモエモエが今日は酎ハイを4杯も空けている。多分バレンタインが近いからだろう。いまモエモエは彼女のいる人が好きなのだ。どうしようもなく好きなのだ。恋する乙女はよく酒を飲む。

でも彼女さんに悪いよなーとかあの顔見てるとたまらなくキスしたくなっちゃうんだよねーとか匂いがいいんだよねーとか色々言っている。バレンタインチョコは好き好き光線があんまり露骨に注入されてない感じのにしよーと独り言のように言いながら梅酒を注文する。

モエモエはつまみや料理にはほとんど手を付けず、シメのお茶漬けを啜りながらキャバクラ連れてってくださいよと言い出した。しょうがないのでたまに行くリーズナブルな店に千鳥足のモエモエを連れて行くことにした。店に入り、席に着くと男1人、女3人のテーブルになり女子会に混じっちゃったみたいな肩身の狭さを若干感じながら焼酎を舐めた。

キャバ嬢たちとモエモエはすでに盛り上がり始めている。えー好きなひと彼女アリですかー?わーなんか燃えるよねーうんうん燃える燃えるー羨ましー。やっぱり障害とかあると張り合いあるしねー遠距離とか不倫もだよねー人のものってなんか良く見えて欲しくなっちゃうよねー、奪っちゃえ奪っちゃえーと大盛り上がりだ。まだ体の関係ないんですかーと聞かれてモエモエはえー手も繋いでないよー手に触りたいなーあと髪の毛にも触りたいなー、あー顔うずめたいよーあの頭にーとうれしそうに言いながら彼女のいる男の画像を携帯で見せている。えーカッコいー背高そーオシャレー結構エッチそー絶対モテるよこの男子ーとさらに盛り上がりは増す。

ぼくは隣りのキャバ嬢の過剰な胸の谷間をずっと見ていた。たまに揺れるとうれしい。

モエモエはたぶん彼女のいる人を好きになったことを誰かに相談したいわけではなくて、表現したいのだろうと思った。その味わいを、切なさを、よろこびを、ためらいを誰かに表現したいのだと思う。そしてキャバ嬢たちも一緒になってそれを表現している。表現が表現を生んでいる。

いまは相手の彼女さんの気持ちや立場を想像することはあまり重要なことではなくなっている。彼女さんに悪いよなーはどっかに飛んでった。いま目の前の空間で空間の住人たちがある種、閉鎖的に、そして開放的に感情や経験を表現しあっている。いま、この目の前にいる相手がとりあえず大切なんだと言わんばかりに。ぼくはその片隅で、閉鎖的で開放的な胸の谷間を視姦している。

キャバ嬢たちは話に花を咲かせながらも、グラスに氷を重ねてから焼酎を入れ、かき回してグラスの汗を拭きコースターに置いてくれる。目の前の空間をちゃんとつくっている。

たぶんこの後、モエモエは1人で終電に乗り、部屋に帰ってベッドか布団で寝て、また明日仕事にいく。好きな人の画像を携帯で見ながら電車に揺られて。

彼に渡すバレンタインのチョコレートは手作りチョコに手紙を添えたものではなく、多分どっかの百貨店で購入するものだろう。綺麗な箱に収まってそれぞれが主張しすぎずに佇むチョコ達。ぼくにも義理チョコ頂戴ねと思う。

ボーイがお会計を持ってきたのでお金を払い、キャバ嬢から名刺をもらった。最後にもう一度吸い込まれそうな胸の谷間を、席を立ちながら見下ろした。ラメで肌がキラキラと光っていた。

きっとおっぱいにも、よせてあげられた時にはじめて得る自由というものがあるのだろう。ぼくはそんな気がしている。




散文(批評随筆小説等) よせて あげて Copyright 末下りょう 2014-02-08 17:07:15
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