冬と蒼紋
木立 悟




湖面の霧が
家を描いては壊している
幾度描いても
家のなかに人は居ない


鉄の羽と雪の羽
ついてくる影
角を曲がる影
曇を持ち上げるひとつの腕


光に消えては現われる路地
引きずるような足跡を残し
氷の川をすぎる何か
二重の背中をなぞる口笛


冬が冬に差し込まれ
銀も鉛も蒼になり
根もとを隠す凍木の朱
捨てられた筆に満ちる径


そこに居ないものが増え
指の痛みに降り積もる
燭台のかたちの空白が
空白のまま燃え上がる


曇の前の樹
影の社
水際にひらいた
描きかけの家を測ってゆく


静かに色を変える坂
そこに居るが見えないものと
既にそこに居ないものとが手を結び
羽の粒をころがしている


何も持たないものから先に
冬と等しく照らされてゆく
森へむかう長い弧の径
渦を見る目にまたたいている


晴れた午後は湖面に重く
歌はしばらく止んでしまう
霧は捨てられた筆を手に取り
ひとつの生きものを描きはじめる






















自由詩 冬と蒼紋 Copyright 木立 悟 2014-02-06 11:54:34
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